任務成功のために


「おい!〇〇避けろ!!木材が―――!!」

 荒げた声が響いて、私の視線は天を向く。
 竜人族の視力は人間よりも良いらしい。だから、いまこうやって真上から釣り上げた巨大な丸太たちが降り掛かろうとも、隙間を縫って避けることも出来るのだが、私はぼんやりと思案を巡らせたのち、あえて逃げるような素振りを見せながらも降りかかる丸太の真下へと残る。これから私の左足を中心に襲いかかるであろう痛みの事を考えると非常に憂鬱だが、まぁ致し方ない。
――そう思っていたのに、気付けば私の体は丸太が重なって生まれた隙間の中に倒れていて、まるで私を守るように、カクが私に覆い被さっていた。僅かに腹部や背中が痛むのは、私を押し倒した時の衝撃によるものだと思うのだが、正直、意味が分からない。
 瞬きを繰り返しながら「ええと、カク?」と零すと、カクははあっとため込んでいたらしい吐息を一気に吐き出して、そりゃあもう恐ろしさすら覚えるような表情で「なぜ避けなかったんじゃ…!」と責め立てるように言った。

「え?……あぁ、いや、足でも折ろうかと。」

なんで、と答えられたから素直に答えたのに、私を見下ろす瞳が僅かに揺れて、大きく見開かれる。全くCP9とあろうものがなんて顔だ。

「な……にを言っとるんじゃ……。」
「うん?おかしな話でもないでしょう、任務成功に向けたきっかけ作りだなんて。足を折れば労災だなんだとアイスバーグさんや責任者のパウリーと、より密に話す時間も増えるしね。」

 場を和ませるつもりでへらりと笑って見せたが、カクは益々眉間に寄った皺を深く刻むだけ。こりゃあ笑っても意味がなさそうだと笑みを解いては、真っ直ぐに、同僚として彼を見上げると「カク、……私たちがウォーターセブンにきてもう二年だよ。進捗が遅すぎる。……だから、…、…だから長官から指示も受けたし、骨でも折っていつもと違うことでもやってみるかなって、そう思っただけだよ。」と、そう零した。


 この潜入任務が始まって二年。今まで受けた任務の中でもトップクラスに長いこの任務は、二年経っても変化無し。二週間に一度の報告を受けている指令長官も、吉報の無さに苛立ちを募らせていたし、あのルッチでさえ裏では苛立ちを滲ませていた。


 だから、この状況で言われた「足でもなんでも折って変化をつけて、何がなんでもあのアイスバーグに近付け!」という怒鳴り声混じりの指示は、無茶ぶりで、単なる比喩というかたとえ話だとは分かっていたが足の一本や二本で状況が変わるのであれば安いと、純粋にそう思った。
 だから今回はその提案を実行に移しただけなのに、説明をしてもカクは理解できないという顔で「お前には……、お前にはプライドというものがないのか、」とどこか呆然とした様子で此方へと問いかける。

「プライドで飯は食えないでしょ?」

 私は静かに、けれども真実を以て呟いた。

「…っ、……口実作りに足を折りたいならわしが折ってやる、傷が欲しいのならわしが刺してやる。……だから、金輪際、わしに説明なしにやるのはやめてくれ。」

 彼の長いまつげが近づいてくる。サイファーポールとして、何故、なんの義理があって任務を邪魔しようとするのだと思ったが、カクはあんまりにもつらそうにするものだから、それ以上わたしは何も言えなかったし、彼もまた私の反論を許しはしなかった。
 やがて、助けにかけつけた仲間たちが丸太を取り除き、隙間に入って無事だった私たちを見つけると、そりゃあもう拍手喝采大喜びという感じで声をあげた。船大工は揃いもそろって奇跡だの、幸運だの、そんなことを口にしていたかと思う。


「〇〇もカクも大丈夫か?無事だったなんて奇跡みたいだな」

 私たちに掛けられた声は純粋な心配と喜びが入り交じったものだった。そりゃあそうだ、彼らはこれが仕組まれたことだと知らないのだから。カクはその言葉に愛想の良い船大工の顔で「全く、不運というべきか幸運と言うべきか…のう、〇〇、お前もそう思うじゃろう?」と笑いながら身を起こすと、私の腕を掴んだ。
 引き起こすために腕を掴んだ手には、やけに力が入っていたが、私もまた船大工の顔で「いやーごめんごめん。カクが助けてくれなかったら今頃大怪我だったし、ラッキーといえばラッキーだよねえ。」と笑みを浮かべると、私たちはまた船大工の顔をして彼らの輪に溶け込んだ。