君との約束

「〇〇ァ、ちょっと頼まれてェくれ~ねェ~か~?」

 クマドリが私に頼みごとをしてきた。基本的に、身内に対しては義理堅いクマドリが頼み事をするなんて珍しいと、特に悩みもせずに承諾したのだが、予想外にも私に差し出されたのは書類でも任務でもなく、緑色から黄色がかった大量の木の実と竹串だった。

 木の実はころころとした葡萄サイズで、硬い。それをクマドリの指示どおり、木の実の窪みに埋まった黒いヘタに竹串を刺し、テコの原理で竹串の先をくいっと上げてヘタを落としていく。いわゆるヘタ取りの作業というのは想像以上に簡単で、普段こんな手先を使う仕事をしない私にとっては、新鮮で愉しくもあったのだが、なんせ量が多い。

 目の前の台に置かれた大きな大きなザルに山盛りになっている木の実は、クマドリいわく貰ったもの、らしいのだが貰った量にしては多すぎるのは突っ込まない方がいいのだろうか。私はちまちまとヘタ取りで手を動かしながら「ねえ、クマドリ。そもそもこれってなんの木のみ?」と問いかける。
すると、隣でヘタ取りをするわけでもなく、監視するように椅子に座ってジイとこちらを見るクマドリが、「こいつァ、梅の実ってェ、言うんだが食ったことはねえか?」と逆に問いかけを返してきた。

「梅……って、あ、おむすびに入ってるやつよね、あのす……っごくすっぱいの」
「おォ、そいつだァなァ。握り飯の梅ってェのはこの梅の実を手間暇かけて加工した食品でよオ。ァ今回はこれで酒を作ろうと思ったんだが…、半鐘泥棒のォおいらの手には、この梅の実はちいとばかし小さすぎてなァ~」

 ぽろりぽろり、一つ二つと梅のヘタを取って空いたザルに移しながらクマドリを見る。クマドリは確か身長が三メートル越えと言っていたっけ。
 身長が大きいということは、その分手も大きいわけで、確かに私よりもずっと大きなあの手で、こんな小さな梅の実のヘタ取りというのは、いくらCP9といえど難しいかもしれない。

「あは、確かにクマドリの手は大きいもんねぇ。…あ、じゃあ手伝うかわりに、お酒ができたら私にも分けてくれる?」
「うん?あぁ、勿論だァ、手間賃ってェことでいくつかくれてやろうじゃあねェか」
「んふふ、ありがと。はー…これでお酒が飲めるんなら安いもんだよねぇ。」

 なんせ量は多いが作業自体は簡単だ。むしろこの作業をするだけで美味しいお酒が貰えるのであれば、コストパフォーマンスが高い話で、頭の中には一体どんなお酒が出来るんだろうがと妄想じみた考えが広がる。
 甘い系だろうか、それともあのおにぎりに入った梅干しのようにすっぱい系のお酒だろうか。未知の酒を考えるだけでも心が弾むようで、ヘタ取り作業を継続しながらにこにことしていると、クマドリが「あァ、最低三か月後になァ」と言うので、私は脊髄反射で「え?」と呟く。

私の言葉に、クマドリも「ん?」と言葉を返したが、よく分かっていないようで、急にどうしたんだって顔をしている。

「いま飲めないの……?」
「ははァ、随分とォ文句もなく付き合ってェくれるとォ、ン思ったがァ~、いま飲めると早合点ンして~たァ~のかァ~?」
「んぐ……だ、だってお酒いれてたし…カクテルみたいなのかなーって」
「知ら~~ざぁ、言っ、てェェ~ア、聞か~せや~~しょう~~!こいつァ、この氷砂糖がなくなるまで放置しなきゃあいけねえ。じゃねえと、ア、大被りになっちまう」
「うお、急に……って、え、?大被り?」

 彼が歌舞伎言葉を使うのはいつものことではあるが、普通に会話をしている中で、唐突に声を張って芝居じみた言葉が出されると驚いてしまって、びくりと肩を震わせると手の中にあった梅が私と同じように跳ねる。そうして手から零れた梅は宙を舞ったが、落ちる寸前のところで大きくて生気のない真っ白な手が受け止めて、「大失敗っつーことだァなァ」といいながら、手のひらで転がる梅の実を私の手に落とした。

「へー…」
「しかしよォ、〇〇。確かにこいつァ、ちィとばかり待つことにはなるが三か月、一年、と置けば置く程うまくなるってェ代物だ。」
「なんかワインとか、ブランデーみたいだねぇ」
「今回はうんと作るつもりだから、少しずつ飲んで、ン楽しむのもォ、ア、一興だろうなァ~よよォい!」
「はー…そういう楽しみ方もあるのか……んん俄然愉しみになってきた。」

 そう呟いた後、私はふと思いついた。

「…あ、じゃあさ、私たちは職業上今後どうなるかわかんないけどさ、でも、もし任務で離れたとしても一年に一回くらいは逢ってこのお酒を飲もうよ。で、去年の味とはどう違ったか~って比べるの」

 良い考えじゃない?そういってクマドリを見上げると、クマドリは三白眼の目をぱちぱちと瞬かせたかと思うと、口角を吊り上げて、「ア、そいつァ名~案~だ~!おいらァ、今から楽しみにィ~なってきた~ぜェ~」と言葉に喜色を乗せて笑った。

 私たちに約束された明日はない。だからこそ、将来なにをしているかなんてわからないけれど、みんなでお酒を飲むのは愉しいんじゃないかと思って、なんとなく、未来というものが少しだけ楽しみになった。