サンドイッチ

 ルッチは極端に朝が弱い。特に、今日みたいにとても寒い冬の日は。
 私のように一度眠ったら中々起きないという性質ではないものの、激務ゆえなのか、休みの日には昼過ぎまで起きて来ないことも多く、この間なんて、ルッチの部屋掃除を任されている給仕係が「仕事が終わらない……」と嘆いていた。

 だから、朝早くに訪問したとてルッチが起きていないことは分かり切っていた。しかし、どうしても今日確認してもらわなければならない書類があった私は、扉を二度ほどノックして室内へ。入っていい?なんて許可は取らない。
 どうせ寝ているだろうし、仮に起きていたとしてもルッチはどうぞ、なんて言わないし。

 そんなわけで室内へと足を進めた私は、薄暗い――いや、真っ暗な部屋に息を落とす。案の定、彼はまだ眠っているようで、部屋の奥にある矢鱈と大きな窓は朝を拒むようにカーテンで閉めきられており、「ルッチ」と声を掛けても返事は返って来なかった。
 代わりにルッチがまだ眠っている事を知らせようとハットリがやってきた。ばさばさと忙しなく羽を動かすハットリを肩に乗せた私は、胸元を指先でこちょこちょと撫でながら「おはようハットリ」と挨拶をすると、本題へと入った。

「ねぇハットリ、ルッチ……は、まだ寝てるよね」
「ホー……」
「資料見せなきゃいけないんだけど、起きてくれると思う?」
「ポ……ポー…」

 一応声の音量は落としたものの、ハットリは起きないと思う。と意見を述べるように頭を左右に振る。うーん、なんて利口な鳩なんだ。とはいえ彼を起こさないことには書類の提出が出来ないので、止めてくれたハットリには申し訳ないが、取り合えずベッドへと近付いて、布団をむんずと掴む。それから軽く布団を引いて「おはよーございまーす……」と言ってみる。しかし、びくともしない。

 布団の端からはルッチの緩くうねった髪が海藻のようにうにゃうにゃと出ているので、この中にルッチがいることは間違いないと思うのだが、ぴくりとも動かないので、もしかしたら熟睡しているのかもしれない。
「………熟睡中に起こすのはなんか、申し訳ないなぁ」

 とはいえ、とはいえなのだ。

 もちろん、もう少し寝かせてあげたい気持ちはあるものの、やっぱりルッチチェックがなければ書類の提出が出来ないので、起こすしかないのだ。今度は、布団の端を引っ張るのではなく、ぺらりと捲って、うにゃうにゃと伸びる海藻みたいな髪の毛を辿りながら「………ルッチー…、ロブ・ルッチさーん……」となるべく機嫌を損ねないように、下から下から、気分は看護師の気持ちで優しく、静かに声を掛ける。
 なのに端正な顔立ちをした男は起きていたのか、私が起こしてしまったのか、とんでもない睨みを此方に向けるので背中がひんやりと、いやに冷たくなった。

 多分蛇に睨まれた蛙ってこういうことを言うんだと思う。いや、彼と私の場合は豹に睨まれた竜って言葉になるんだろうけれど。

とにかく、それぐらい突き刺すような睨みが私に向けられたのだ。

「あ、あのね、ルッチ……」

 私はそこから弁明をするつもりだった。
 
 ルッチを起こしたのは大変申し訳ないと思ったが、でも、この書類をチェックしてもらう必要があるとか、チェックしてもらったらすぐ部屋を出るから、とか。なのに、気付けばわたしはルッチのいる布団に引き込まれていて、その上、腹に腕を回された上に思い切りぎゅっと抱きしめられて―――湯たんぽ扱いを受けていた。

「………うん?」

 訳が分からない。何故だ、どうしてこうなっているのだ。

 色々と疑問は出るものの、ルッチの体は布団に入っているくせにひんやりとしていて、それに抱きしめられている私は、ときめきなんかよりも、冷たいとしか感想を抱くことが出来ず「ルッチつめたいよぉ…」と情けない言葉を零したが、やっぱり返事が返ってくることはなかった。
ああ、こうなったらもう逃げられないぞ。抵抗なんかしてみろ、その時には首根っこを噛まれてジ・エンドだ。

 私は小さく息を落せば少し離れた位置にいるハットリに向けて、「ハットリあっためてよー」なんて助けを求めたが、ハットリはテコテコとこちらへと近付いてくるなり、ぎゅむ、と私の手のひらを踏んだ。だから言ったじゃないか、そんな睨み付きで。

「ごめんて」

 手のひらを踏まれたまま謝ると、じいとハットリはこちらを見たが小さくため息を吐くように鳴くと、そのまま私の頬に暖かな身体を寄せてくれた。
 やがて、私が戻ってきていないことに気付いたカクが、ルッチの部屋を訪ねてきた。そして、捕らわれの身である私を見て、怒るわけでもなくどこか呆れたような面持ちで「…………まーたルッチに捕まっとるのか。」学ばんのう。と嫌味を零すので、「ルッチって特に冬が弱いよねぇ。」といいながら、近くに腰を下ろしたカクの袖口を掴んだ。

「……なんじゃ」

 ぎしりとスプリングが軋む中、カクが私の方に体を傾けながら此方を見下ろして呟く。

「いやぁ、折角だからカクも引きずり込もうかと」
「わしもルッチに抱かれろと?」
「じゃあ私に抱かれる?ルッチ公認のあったか湯たんぽだよ」

 あったかいよ~。今だけの特別サービスだよ~。なんて売り子気分で冗談並べると、カクはしぱしぱと瞬きを繰り返したのち、いつもみたいに「何を言っとるんじゃ」とか「そういうところが馬鹿って言われるんじゃぞ」と言うことはなく、「よっこいせ」といいながら隣に寝転ぶので思わず目を瞬かせてしまった。

「え、っとぉ……?まって、予想外なんだけど」

思わず、動揺を滲ませて呟く。

「なんじゃ、抱いてくれるんじゃろう」

 冗談のつもりだった。なんて、今までの付き合いを考えたら分かり切っているのだろうに、カクは悪戯っ子よろしく、口角を吊り上げて布団の中へと入るとずいと身を寄せて、私の腰へと腕を伸ばしながら、「ほれ」と抱擁を求めた。後ろからはルッチに抱かれ、前からはカクに抱いて・抱かれて、なんだか不思議なサンドイッチを受ける私は「ねぇ、これ…色々と問題あるんじゃない?」そう言ったけれど、ルッチもカクも抱きしめる腕に力を込めるだけで離してはくれなかった。
 
 いつしか私たちは眠っていた。まぁ、暖を取るように身を寄せ合っていたので、睡魔に負けてしまっても致し方ないと思うのだが、三人仲良く寝てしまった私たちが起きたのは結局昼過ぎで、書類の提出はぎりぎりになってしまったが、二人に囲まれたお陰なのか、なんだか久しぶりによく眠れた気がした。