ウォーターセブン、ゴミ処理場裏レンガ倉庫。膨らんだ紙袋片手に街頭も殆どない其処に足を踏み入れた私はがらんと空いた扉を見て、ひっそりと笑んでから扉の前で足を止めた。
「アイスバーグー、いるー?」
倉庫というだけあってとんでもなく広い空間は、大きな蒸気船が一つ格納されているだけで、ほかに物が少ないからかよく響く。
しかし待てども自分の声が反響するばかりで返答が返って来ないものだから首をかしげていると、背後からぽんと肩を叩かれて、「わひゃあ!」という素っ頓狂な声とともに心臓と体が飛び跳ねた。
「ンマー、なんだその声は」
振り返るとそこにいたのは、中にいると思っていたアイスバーグで、彼は私の叫び声に呆れたような表情をしながらも頭上に疑問符を浮かべている。
「び、びっくりしたぁ……え、外にいたの?」
「あぁ、ちょっと物を取りに行ってたんだが、どうした?」
ああ、返事がなかったのはそういうことですか。いや、別に良いんですけどね、ただ死ぬほど心臓がバクバクと落ち着かないだけですから。
胸に手を当て心臓を落ち着かせながらも、紙袋を持つ左手を彼に向けるとアイスバーグはこちらから言わずとも中身が分かったのか、やっぱり呆れたような表情を浮かべながら息を落とした。
「ンマー、お前もよく飽きねえな」
「飽きずに船を造り続けるアイスバーグ君には言われたくないでーす。」
私の言葉にうぐ、と言葉を詰まらせるアイスバーグはおとなしく紙袋を受け取ったが、しかしやけに紙袋が膨らんでいる。そう思ったのかアイスバーグはその場で紙袋の中身を確認すると、想像以上だったらしい中身に目を丸くした。何を隠そう、中身は豪華パンの詰め合わせもとい売れ残りのパン詰め合わせなのだ。しかも売れ残りというだけあって量も4,5個ではなく倍の10個ほどだけれど。
「今日は一段と多いな」
とぽつりと零すアイスバーグの言葉に、次は私が言葉を詰まらせる羽目になった。
「……まぁ、それはほら、アンタ成長期だし」
「成長期ねぇ」
アイスバーグはどうせ売れ残りだろって顔でふうん、と鼻を鳴らす。
「もう!食べないならフランキーにあげるから、おなかすいてないなら別にいいわよ」
「いや、おれが食う」
「え?あ、や、自分で言うのもなんだけど…その、……多いわよ?」
「ンマー、そりゃあそうだが、でもこれはお前が作った奴だろ。食うよ。」
「……あ、そ」
確かにこれは私が作ったパンで間違いはないのだが、予期せぬタイミングで妙に男らしい言葉を言われた私は、こそばゆさを覚えて言葉をぶっきらぼうに返す。一方のアイスバーグはそんな私の気持ちなんてつゆ知らず、頭に巻いたタオルを解いて首にかけると、奥にある簡易ベンチに腰を下ろした。傍らに置いた紙袋からパンを取り出して口へと運ぶ様子を見ていたが、目元を緩めるあたり味に問題はなさそうで、私はほっと胸を撫でおろす。
「……ん、うまい。毎日売れ残りを出すパン屋のものとは思えねえな」
「一言余計じゃない?」
いや、本当に一言余計ではあるが、一応は褒めているらしいので許してやろう。まったくもう。
彼の後を追い、一言声をかけることもなく隣に腰かけた私は、目の前に鎮座する蒸気船を見て指をさした。
「……ねぇ、前から気になったんだけど、この蒸気船っていつ使うの?」
そういえば、彼はパッフィング・トムが完成して以降も仕事を終えるとここで整備をしていることが多かった。それなのにいつまでたってもこの蒸気船が日の目を見ることはなかったし、アイスバーグの整備も終わることなく今日までこの日まで続いている。私の唐突な質問を受けたアイスバーグは少しばかり面食らったような、そんな表情をしていたが同じように蒸気船を見ると、長い間を開けたのち「分からねえ」と一言、ため息を零すように小さく零した。
「なにそれ」
思わず聞き返してしまった私。
「……このロケットマンは失敗作だからな、どう調整しても暴走しちまう。」
「ふーん…」
「それにパッフィング・トムが完成した今、こいつを使うことはないだろうな。」
「え?じゃあどうして整備してるの?」
「ンマー…なんでだろうなァ…。」
アイスバーグの答えは一貫して分からないというものだった。しかし、普段お遊びなく真面目に仕事をしている彼がそういうのだから、きっと本当にわからないのだろう。
「…ふふ、でもなんかかっこいいね」
「あぁ?何がだ」
「だってなんでか分からないのに、とびきり腕の良い技師が整備しているわけでしょ?なんか最後の切り札って感じがしない?」
アイスバーグはぽかんと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
そりゃあそうだ、なんだ切り札って。一体、一介の技師が何と戦うというのだ。自分で言っていて恥ずかしくなり、発言したものを撤回しようと口を開くと、目の前にいるアイスバーグは予想外にも声に出して子供みたいに笑った。馬鹿だなぁって、そんなことを言いたそうに、からからと笑うアイスバーグは本当に子供みたいで私は出かけた言葉を飲み込んだ。
「…ったく、バカンキーみたいなこと言いやがって。ンマーでもそうかもな、いつか切り札になるかもしれねぇ。」
ひとしきり笑ったアイスバーグはそういって口角を吊り上げて悪戯に笑うと、最後に私の頭をぐしゃぐしゃと犬みたいに乱暴に撫でるのだった。