嫌がらせの天才

「おい、アネッタ」

 とある日の午後。ちょっと面貸せ。そう不機嫌さを滲ませるジャブラから声を掛けられた私は、振り返る間も無く、背後から二の腕を掴まれた。機嫌の悪いそれに、ジャブラ相手に何かしたっけな。そう考えている間にも揺れるポニーテールを鬱陶しそうに横に払ったジャブラは、そこに隠れていた項に唇を寄せたらしい。ふに、と柔らかいものが触れるような、そんな感触が伝わって肩がびくりと跳ねた。

「へ、ジャ、ジャブラ……?!」

 零れた言葉は困惑100%の言葉だったと思う。
 しかし、次に返ってきたのは行為に感する説明でも無ければ、返答でもない、じくりとした痛みだった。ジャブラは項に唇を押しあてるようにしてじゅうと音を立てて吸い上げれば、それに合わせて痛みが走り、「い…っ、た、いたい!!ちょ、ジャブラ…っ、痛いってば…っ」と抗議を上げてみたものの、ジャブラはまるで無視だし、それどころか二の腕をがっしりと固定するように捕えたままで、飽きもせず位置を変えて吸い続けている。

「………ま、こんなもんだろ」

 そう満足感を孕ませた声と共に解放された頃には、項に多くの痕が残されている筈で、抵抗疲れですっかりとくたびれてしまった私は、先ほどのように抗議を上げることも出来ずに、僅かに汗ばんだ項を抑えてジャブラを睨みつけた。

「ちょっとぉ……ねぇ、何がしたいの?」
「あぁ?何って何が」
「だからなんでここに……」
「なんでって………あー……カクと喧嘩してよ。」

 ああ、成程。その言葉で全て合点がいった。
 つまりは嫌がらせのために私を使ったと。

「私を嫌がらせの道具に使わないでよ……!!」

 私も怒られるんだよ!?ジャブラにはそう必死に伝えたけれど、ジャブラは幾分か機嫌を戻したようにげらげらと笑うだけで「そりゃあ見ものだなァオイ。よし、アネッタ。お前これで、カクのとこに行ってこい」と口角を吊り上げて背中を叩いた。

痕が消えるまでには数日かかると聞いて、カクを避けたその日の夜。策も虚しく壁際に追い詰められた私は「アネッタ」と不機嫌さを言葉に乗せるカクに喉を震わせる。

「え、あ、なに?」

そう返した言葉は不自然に上擦っていたかもしれない。カクは甘えるように肩に顔を埋めて頬を摺り寄せると「……ジャブラの匂いがするが、アイツとおったのか」といいながら襟をくいと引いて痕を撫でる。

後ろを取られないことだけは気をつけていたのに一体いつ見たのだろう。

疑問は残るものの、此方を見つめるカクは明らかに嫉妬を滲ませていて、色々と身の危険を感じた私は「ええと、その」と言い訳を考えたが、結局は「………アイツが残したんじゃから、わしも残してもかまわんな。」と零す支配欲の陰に飲まれて、声も出せずに溺れてしまうのだった。