年に一度罹る、竜の暴走熱になって数日が過ぎた。
竜の暴走熱とは人間には耐えられない、手で触れると火傷をするほどの熱を引き起こす竜人族特有の病気で、例年通りであれば一日で解熱するというのに、今年の暴走熱は温度自体はいくらか低い代わりに中々熱が下がらず、これには政府管轄の医者や研究員たちが今までの情報にない状況だと頭を抱えていた。
熱が続いた三日目、相変わらず解熱はしていなかったが三日三晩外に出ることを許されず、殆ど幽閉状態にあった私は監視の目を潜り抜けて部屋を飛び出した。勿論、行く当てなんてものはない。なんせ、部屋を出たい。それだけの理由で飛び出したのだから。
そうして部屋を飛び出した私は、司法の塔の屋上へと上がると、ばたばたと風を受けてなびく旗に触れぬよう端へと寄って、柵がないゆえに剥きだしな外側に向けて足を放り出した。
ぱたぱたと旗がなびくように足を揺らす。逃げ出した先でやっていることなんてそれだけなのに、監視がない環境のお陰か、少しばかり胸がすっとしたような、そんな気がした。
「………そういえば、……もう、どこにでもいけるのよね……」
政府に監視対象として保護をされて約二十年。
上の事情で竜人族であることを隠して、竜にも慣れずただの人間として生きて約二十年。
私はもう、小さな子供ではない。大人で、知識があり、CP9に在籍出来るほどの強さがある。だから後のことを考えなければきっと逃げることなんて容易い筈なのだが、それが出来ないのは熱で気力、体力ともに落ちているせいか、それとも後の事を考えるようなつまらない大人になってしまったからなのか。
ゆっくりと胸に溜まる息を吐き出せば空を仰ぎ、ふう――と息を吐き出したが、私の心情なんて知らない空は今日も能天気にピーカン照りの晴天で、私は久しぶりの日光を味わうよう体を後ろに倒した。のだが、日光浴は十秒も立たずに終わってしまった。
「此処におったのか」
頭上から降ってきた言葉で分かる通り、お迎えがきたからだ。
それも、私のことを最も熟知している幼馴染が。
「……あは、見つかっちゃった。」
「悪い子じゃのう、逃げ出して」
暢気に零す私とは対照的に、音無く現れたカクは何処か険しい顔をしながら、体を倒した私の肩を固い靴底で踏みつける。それが逃げないようになのか、それともちょっとした罰なのかは分からないが、硬いそれが肉に食い込んでぎりぎりと痛みを植え付ける。試しに「いたた」と大げさに零してみたが、カクは険しい顔のまま。どうやら私の罪はこんな演技で拭われるほど、軽いものではないらしい。
「逃げ出したなんて人聞きが悪いなぁ。少し外に出ただけだよ。……それに本当に逃げるなら翼を広げてぴゅーんと飛んでいってるよ。」
「………、……わしが逃がすとでも?」
にこりと笑う私を見て、カクが低い声で言葉を返しながら、踏みつける足に力を込める。
ぎりぎりと、ぎりぎりと。ゆっくりと蝕むように沈められる固い靴底は、彼の執着心を表しているようで、私は思わず笑ってしまった。
「ふふ、……その割に今日は気付くのが遅かったねぇ。もう少し早くに行動に移していたら逃げられてたかもよ」
「減らず口じゃのう」
どうしてこう悪い子になってしまったんじゃ。カクが、どこかがっかりするようにため息を吐きだしながら足を離すと、隣に腰を下ろす。どうしても何も、私の手を引いて今の今まで育ててくれたのはカクだろうに。
勿論、それを口に出して自ら地雷に足を突っ込む真似はしないけれど、代わりに少しばかり重くなってきた体を起こして、今度は彼の方に倒すと、カクが「……熱いのう」と小さく零しながら腰に腕を回した。
「……いい湯たんぽでしょ」
「熱じゃなければ喜ぶことが出来たんじゃがのう。」
「んふふ」
「………戻るぞ」
カクの言葉は、どこか静かだ。子供を諭すようなそれはいつもより優しいけれど、それでも熱のせいなのか、どうしても頷くことできなくて、彼に凭れたまま「…やだ」と子供のように零すと、カクは「…我儘を言うな」と静かに言った。
つうっと汗が額から落ちる。吐き出す息は恐ろしく熱くて、体を受け止めるカクは大丈夫なのかとも思ったが、口から落ちたのは「…………竜になりたい」そんな子供じみた我儘だった。
「いかん」
「竜にも人にもなれる…それが竜人族なのに自由に竜の姿になれないなんて変じゃない?」
「…それでもじゃ。…アネッタ、子どもじゃあるまいし駄々をこねるな。……お前も分かっとるじゃろう。それがいかん事だというのは」
「んふふ、子どものときに駄々こねても聞いてくれなかった癖に」
「……、…………わしの部屋でなら許す。」
「部屋なんて監視下じゃない。」
「監視下も何も、元々お前は監視対象じゃからのう。諦めるんじゃな」
また、ここに風穴を開けたくはないじゃろう。そういってカクの指先が腹部をなぞる。脅しを含ませたそれはこれ以上の我儘を望まないという、最終勧告だろう。「お前を見つけたのが優しいわしでよかったな、アネッタ。」そう彼は嘯くので、私はその言葉に瞳孔を細めながら「逃げられない私でよかったねぇ、カク」と笑って嫌味を返した。