放課後、LINEにへるぷみー!と助けを求めるちい竜のスタンプが届いた。差出人はアネッタ。てっきり、また面倒ごとでも押し付けられたのかと適当なキリンのスタンプを送ったのだが、そこから追加でポコンポコンと投下されていくメッセージに「あの馬鹿」と小さく言葉が落ちた。
「それで階段から落ちそうだったキャロットを助けて、代わりに落ちた…と」
保健室の一角。医療品が入った戸棚の前にある椅子に座るアネッタを前に腕組みをして尋ねると、アネッタは何やら気まずそうに「たはは」と笑う。その上、今日に限って保健医は不在だとかで怪我をした足はろくに手当もされておらず、仕方なしに彼女の前に跪いて、靴下の上から痛めたと言う足首に触れると、スカートの上に置かれたアネッタの手に力が籠る様子が見て取れた。靴下の上からでも感じるじんわりとした温かさ。触れるだけでこれなのだから、痛みも酷い筈だ。
それこそ、ちい竜スタンプで助けを求めるくらいには。
「アネッタ、靴下を脱がしてもいいか」
「あ、自分で脱げるよ」
「いや、わしがやる」
自分でやると痛いだろうと視線を向けるとアネッタが押し黙る。そうして痛めた方の靴下に指を引っかけて下に下ろして脱がせてやると、赤く腫れた足首が露わとなり、息が詰まる。靴下の上からでも熱を感じた時には随分と酷い痛め方をしたのではと思ったが、あまりにも腫れが酷い。これは捻挫というよりも。そう思って視線をアネッタに向けると、アネッタの瞳が言わないでと語る。
アネッタはお人よしだ。わしが氷嚢を作りに離れた間も、隣で滝のように涙を流すキャロットに向けて「キャロット、私本当に大丈夫だよ。全然大丈夫だから泣かないでいいってば」と表面上はけろりと笑みを浮かべた。表面上は。
「で、でも……」
「私は大丈夫だよ。それよりもキャロットも今日は大事な用があるんでしょ?」
「そうだけど…でもアネッタを置いていけないよ!」
キャロットの言う事も尤もだ。怪我をさせた相手を前に用事があるからと帰宅するのは、無責任すぎる。だから責任感のあるキャロットが引かないのもよく分かるが、目の前のアネッタはそれを望んではいない。まぁそれに謝ったところで足が治るわけでもない。であればわしがする事はただ一つ。
「キャロット。心配なのも理解できるが、わしがついておるから大丈夫じゃぞ」
「カク……」
氷水をパンパンに詰め込んだ氷嚢を受け取ったアネッタが足首に乗せながら「だから大丈夫だよ。キャロット。」と笑う。キャロットはそれでも何か言いたげではあったが、きちんと幹部を冷やす事の出来る氷嚢と、わしを交互に見た後は唇をきゅっと噤んで「ううっ本当にごめんねぇ…」と頭を下げた。
「ほらもう謝らないで。…あ、じゃあ今度また一緒に遊ぼうよ。ね?」
「…!それならお安い御用だよ!」
「ふふ、よかった。あ、じゃあ、また明日!」
「うん!アネッタ、また明日―――」
そうしてキャロットは兎のように駆けていく。響く足音が遠くなり、やがて聞こえなくなると、辺り一帯は驚くほどしんと静まりかえり、それを機に「行ったぞ」と笑みを張り付けたままの彼女に向けると、アネッタがぐぐぐと体を前に倒しながら「……っっっっっい、……ったぁ………」と言葉を落とす。余程我慢していたのだろう、彼女の額からつうと汗が垂れ落ちた。
「いい顔しいじゃのう……相当痛いじゃろうに」
「だって、痛がったらキャロットが泣いちゃうかもしれないじゃない…」
「今回の件についてはキャロットが悪いんじゃろう?泣かせて何が悪いんじゃ。……それにお前が泣いておるじゃろうに」
言って、目尻にじわりと溜まった涙を親指の腹で拭ってやると「泣いてないもん」と強がりが返ってくる。じゃあこの指で掬った涙は一体なんだと言いたかったが、まぁ怪我というものは認識を初めてから痛みが強くなるものだ。それ以上詰めることはせずに「そうか」と短く言うと、アネッタは少しの間を置いて、「泣いてもらって足が治るわけじゃないでしょ。それにいいとか悪いじゃないの。私が気分悪いの。友達に笑っててほしいしさ」と眉尻を下げた。
「……馬鹿じゃのう」
友達を庇うのも、切り捨てられないその甘っちょろさも。まぁそれが彼女の良いところなのではあるのだろうが、こうして大怪我までされていては目が離せないではないか。元より目を離すつもりなんてなかったとはいえ、彼女の招く運はどうにも悪いものばかりに思えてならない。
そういえば、昔っから何かを引き受けて、その結果トラブルに巻き込まれる、なんて流れが多かったことを思いだして彼女の頬をつねると、アネッタは一体何を思ったのか「……あ、カクにも笑っててほしいよ」とまるで、いま思い出したような口ぶりで言った。
「友達じゃからか?」
「うん?……あははっ、友達だったらわざわざ隣のクラスで、しかも男子のカクくんを召喚しないとそう思いません?」
「……」
「……、……」
「……」
「……ちゃ、ちゃんと好きだから、その、……頼ったんですけど」
アネッタが沈黙に耐え切れずに零したが、口に出す事で、その意識はより確かなものに育ったらしい。彼女の顔はじわじわと赤く染まっていく。試しに頬をつねっていた手を離して耳朶を指先で擽ると、アネッタは「や、やめて…赤くなってるの分かってるから……」と力なく呟いた。うん、満足だ。
「わはは…、良い反応をしてくれるのう」
「う、るさいなぁ……というかなんで言わせるのよ…」
「お前のことじゃ、付き合うって買い物じゃないの?!って言いそうじゃったからな」
「流石にそこまでは……」
言うじゃろ。というか現に言われたぞ。そういう思いが籠った眼差しにアネッタが口ごもり、目を反らす。まぁ、彼女の鈍感っぷりは今に始まったことではないし、今はきちんと恋人と認識してくれているようなのでいいとして。
「ま、別にいいが……しかしのう、アネッタ」
「ん?」
「お前の足、折れとるぞ。多分」
「……まじ?」
「あぁ。素人による触診じゃから多分、としか言えんがな」
捻挫にしてはあまりに腫れが酷く、それから痛みが強すぎる。立ち上がることも出来ないともなると、余程酷い捻挫か、それ以上のものと考えるのが妥当に思えるが、最終判断はわしではない。医者の役目だ。幸いなことに帰り道には腕が確かな――政府と繋がりのある病院がある。其処に行けば、いま手持ちが無くともなんとかしてくれる筈だ。
「ん~~………、……明日泣かせちゃうかもなぁ」
「どうじゃろうなぁ……ほれ、とりあえず病院いくぞ」
アネッタは渋い顔をしていたが、兎にも角にもまずは病院だ。確かこの保健室には貸し出し用の車いすがあった筈。それに乗せれば、アネッタも痛みが少なく病院に行ける筈だ。――そう思い、車いすを探すべく視線を他所に向けようとしたのだが、こちら側に両手を向けるアネッタに気付いて、視線をアネッタへと戻す。
「うん?」
「え?」
「……」
「……カク?」
「……あー………期待させてしまったようで悪いが、……帰りは車いすじゃぞ?」
「…!……!!」
その瞬間、アネッタが勘違いに気付いたらしい。やけに驚いたような顔で口をはくはくとさせると、熱湯を被ったように顔を赤くしながら前に出した手を引いて、自分の顔を隠すように押さえた。おおかた、穴が合ったら入りたいとでも思っているに違いない。
「くく……っお、…おんぶで帰るか?」
「くっ、く、く、車いすでいいです!!!!!」
「いや、折角のリクエストじゃしな、おんぶでも構わんぞ」
「結構です!!!!!!!」
初めはにこにこと笑って、その次には痛いと泣いて。最後には泣かせるかもしれないなんて渋い顔をしていたのに、いまは顔を真っ赤にしている。
それがなんだか可笑しいやら、愛らしいやら。なんにせよ、目の前のアネッタがあんまりにも必死だったからついつい笑ってしまって、彼女の要望通り、半ば強引に手を引いておんぶしてやったけれど、アネッタは「もーやだぁ……そういうとこほんっと嫌い……」と熱を帯びた顔をわしの首元にぐりぐりと押し付けるのであった。