うどん二玉に、しいたけ、水菜に卵。あとは冷蔵庫の奥にあった、味のついた油揚げ一パック。用意したるは鍋焼きうどんの材料で、可愛いからと購入したらしい小さな土鍋を二つコンロの上に置くと、ご丁寧に犬耳まで生えた柴犬の蓋と目が合った。女ってのは、どうしてこんなしょうもねえもんが好きなんだか。
一つは柴犬で、一つは猫。このシェアハウスに住んでいるのは野郎ばっかりなんだから、男ウケの悪い鍋なんざ、自分の分だけで良いだろうに。そんなことを思いながら鍋の蓋をコンロから遠ざけたところに置いて、中には水と、あとは九州風の甘い味付けにするべく醤油とみりんを入れて、ぐるりと菜箸でかき混ぜる。
「ま、こんなもんだろ」
できれば味噌煮込みうどんにしたかったが、味噌煮込みうどんと醤油ベースの鍋焼きうどんを天秤にかけた時、手軽なのは後者だ。人によっちゃあ手間はそう変わらないなんていうが、おれにとっちゃ味噌を溶かす作業すら面倒で、兎に角手早く作りたい。ひとまず今つくったスープの中に、ストックしておいた冷凍うどんをそれぞれに沈めて火にかける。
これもイマジナリーお節介が火が強いだのなんだのうるせえが、今日これを作るのはおれだ。よって、好きにやらせてもらう。ごう、と強火にして一気に凍ったうどんを溶かし、柔らかくなってきたタイミングで塊を解くように箸で混ぜて、それからようやく弱火にして箸をキッチン用ハサミに持ち替える。
随分と前に、切ったりするのが面倒臭いときはハサミを使ったら楽だ。そんなことを教わってから、随分と使用頻度が増えたハサミ。しいたけは軸を捥いで、傘部分をちょきちょきと着るようにしてバツ印を刻む。それから水菜は適当な長さで切り分けて、味のついた油揚げは汁が勿体ないので、封を切った後は汁を鍋にいれて、片方は一枚、片方は二枚に油揚げを分ける。そのあとは、油揚げのパックを切った際についた汁や、水菜、シイタケのカスがついて汚れたものを水で流して、軽くスポンジで洗って拭いてしまう。これだけで片づけが完了するんだから、楽で仕方がねえ。
あとは卵を落として蓋を締める。これから完成までの時間はそうは掛からない筈で、いつ買ったものなんだか、やけに昔から見覚えのある木製トレーの上に、箸とレンゲ、それから冷蔵庫から取り出したばかりのポカリス〇ットと麦茶を一本ずつ置くと、待ちの間、右足で左足首を掻く。
他になにかあった方がいいもんはあったっけ。先ほど閉じたばかりの冷蔵庫を覗いても、中身は殆ど空っぽで、冷えピタなんかも空箱が置いてあるだけで中はもう無くなっている。つうか誰だよ、外身を捨ててねぇ馬鹿は。若干苛々しながら外身の箱を取ってゴミ箱へと放ったが、そういえばおれだった気もしなくもない。まぁ、ならば仕方がない。きっとその時のおれは何かしらやっていたのだろうし。
言い訳を重ねながら、そろそろだろうかと蓋を取ると、先ほど落とした生卵は白く煮えて、ふんわりと湯気に乗ったやさしい匂いに目元が緩む。おれはもう一度蓋を閉じて、ついでに火を止めてから鍋をトレーに映すために鍋掴みを使ってみたが、普段使っているやつの手に合わせているからか、小さいのなんのって。
それでもなんとか鍋をトレーに乗せたおれは息を落として、さぁ運ぼうかと思ったが、ああ、そういえばあいつの部屋は三階にあるんだった。
「おい、アネッタ。飯だから起きろ」
トレーを部屋の中央にあるローテーブルに置く。部屋の主は身を起こすものの、いまだ体調が悪いらしい。気だるげな表情でティッシュを取ると、ズビーッと女を捨てたような音を立てながら鼻を噛んで「ありがとお…」と鼻声で零す。まぁしかし、意識も無く寝込んでいた数日前よりかはマシだと思うが、ベッドから降りたアネッタはいつものように声を弾ませるわけもなく、ぼさぼさの頭を手首に通したシュシュでお団子に結ぶと「おいしそー…」と力なく笑った。
「食べられんのか?」
「うん……お腹はすいてる…」
「そうかよ、熱いから気いつけろよ」
「はぁい……、……、……あえ……そういえばなんで二つあるの…?」
「ああ?そりゃオメェ、おれが食うからだろ」
「ジャブラも食べるの…?」
「そりゃそうだろ。こちとら腹減ってんだよ」
「……」
「……なんだよ」
「……一緒に食べるの嬉しいねえ」
「お、あ、……な、なんだよ気持ち悪いな」
「……へへ」
これだから末っ子ってやつは。普段以上に気の抜けた笑みを浮かべるアネッタは、ふにゃふにゃと笑いながら手を合わせると「いただきます」と言って箸を取る。一瞬、アネッタは記念に写真でも撮ろうかな、なんて素振りを見せて携帯へと手を伸ばしたが、グループLI〇Eで拡散されては面倒だ。
アネッタが携帯を取る前に奪って布団に放り投げると、彼女は諦めたように鼻を啜り、鍋蓋を取る。その瞬間、鍋蓋が押さえていた白い湯気がふわりと立って、後から姿を見せる鍋焼きうどんを見たアネッタは、えらく感動したような声を出していた。
「わあ……美味しそう……これジャブラが作ったの?」
「そりゃそうだろ」
「すごー……」
言ったあと、アネッタは箸でうどんを掬ってふうふうと息を吹きかける。とはいえ、出来立てほやほやなこともあり、なかなか冷めないようではあったが一度口にしたそれをちゅるちゅると啜ったこいつは、暫くの咀嚼の末「んうう…美゛味゛し゛い゛……!」と感動した様子で目を輝かせていた。
まぁ、これでいくらか腹が満たされるのならば、おれはそれでいいのだが、この馬鹿があんまりにも美味しそうに食べるもんだから、おれは一枚多く入れた油揚げをアネッタの鍋に入れて「いいからさっさと食え」と声を掛けた。