姉貴の友達

「あはは、アンタまだそんな馬鹿なことやってんの。いつか足をすくわれるよ。」

 ハングレ集団RKの最高幹部である阿久津大夢に向けて、涼やかな笑い声が袖を引く。視線を上げた先には女が一人。腕を掴めばポキリと折れてしまいそうな、細身の女が立っていた。

「あぁ?オイ、お前いま大夢さんに言ったのかブス」

 喧嘩が出来るようには見えないその姿。
 それに向けて、凄みながら部下が近付いたのは馬鹿にされた俺の面子を守るため。金色に染め上げた髪の毛に、ツーブロに刈り上げた髪。首元にある入れ墨。「阿久津さんまじリスペクトっす!ソンケーしてるっす!」と言ってコレをキメた時には、ただのパクリじゃねえかと弄ったものだが──まさかその行動によって、崇拝している俺から蹴り飛ばされるとは思わなかった筈だ。

「いってぇ!!あ、っあ、阿久津さん!なんで!」
「うるせぇな、どっか行ってろ」

 蹴り飛ばされた体は、女の前に倒れて土下座のように頭を擦る。
 慌てて顔を上げれば俺が睨んでいるし、前に立つ女もドン引いた目で此方を見ているし。一体どういう状況なんだ?!部下の男はただ疑問符を浮かべる事しか出来ず、それでもなんとか回りの仲間に起こされると、ようやく目の前がクリアになったと女に声を掛けた。

「××ちゃん、もうコッチに帰ってたんだな」
「うん、出張が終わってね」
「出張が終わったんなら教えてくれたっていいだろ。そうしたら──」
「嫌よ、アンタに教えたら空港で待つでしょ。ヤベェ奴がいるって言われて、私まで身体検査とかされたら嫌だもん」

 俺には、この世でただ二人逆らえない人がいる。一人は姉で、もう一人はその親友である彼女だ。
 初めて出会ったのは中学生だった頃。それから十年以上が経って、“ちゃん付け”をするには痛々しい年齢になってきた気もするが、姉の親友という立場もあり“ちゃん付け”のままきてしまった。
 でも、彼女はそれを嫌がらない。それに──、彼女は三十を超えても目を惹くほど綺麗だ。チラリと見た左手の薬指には何も無し。だから、あえて”ちゃん付け”をし続けるのは、ちょっとした周りへのけん制とか、アピールだとか、そんなバカげたものもあったのかもしれない。

「それよりほら、お土産」

 此方の気持ちもつゆ知らず。ついでとばかりに差し出されたお土産は、チリンと鈴が鳴るエッフェル塔のキーホルダーであった。それも赤に青、ピンクと色違いで三つもある。

「……ありきたりすぎねぇか?というか三つもいらねえよ」
「あはは、分かった?これ物売りにしつこく迫られて買わされたやつ」
「押し売りされたものは土産って言えねえだろ」
「あはは」

 彼女は昔からこうやって適当であった。なのに不思議と苛立ちを感じないのは、相性云々の前に好意を抱いているからで。彼女はひとしきり笑ったあと阿久津に向けて「まぁ、それはオマケ」と言って肩を竦めた。

「あ?オマケってなんだよ。何のオマケだ?」
「靴オタのアンタが好きそうな靴があったから買ったのよ」
「!マジか。なんだ、どのメーカーだ?」
「え?知らない」
「……、……本当に俺が好きそうな奴なのか?」
「さぁ。まぁ、靴オタの同僚から聞いたから間違いないと思うけど」

 靴好きである事を覚えてくれていた事や、わざわざ同僚へ相談もしていた事への喜びと、……その相手は男じゃねえだろうなという複雑さ。どうしてこうも素直に喜ばせてくれねえんだコイツは。
 出かけた言葉を飲み込むと、彼女は手首にある腕時計を気にした様子で言った。

「流石に今日は持ってないから、また暇な日でも教えて。アンタのねーちゃんにも会いたいし、届けに行くよ」

 なんだか、これから用事でもありそうな雰囲気。それを気付かぬふりで手首を掴んだのは、少し強引だったかもしれない。「今日は駄目なのか」──尋ねると、××は瞬いたあと今日?と言いたげに首を傾げた。

「……××ちゃん、いつも忙しいしよ。今日貰いにいっちゃ駄目か」
「別に今日でもいいけど……でもそうなると大夢に家を知られちゃうのかあ」
「相変わらずセキュリティがしっかりしすぎなんだよ」
「あはは、独身だからね。そこんとこしっかりしとかないと。……あ、じゃあゲーセンでぬいぐるみ取ってくれたらいいよ。これからゲーセンで新しく出る景品取りに行こうと思ってたんだよね」
「寧ろ得意だわ。××ちゃんどれ欲しいんだ」
「んー、けーぽのイェンくん」
「はぁ?」

 結局、俺と彼女の関係は永遠にこうなのかもしれない。
 彼女は飄々としていて、俺はそんな彼女に頭が上がらなくて。振り回されて。
 金にならないし、何より彼女は俺のものにはならないし。コストばっかりかかる割の悪い女。……それでも彼女から目を離せないのも、あえて縛られにいくのも全て惚れた俺の負け。
 UFOキャッチャーの台に百円を入れて好きでもない男のぬいぐるみを取ると、「ほらよ」と彼女に押し付けた。