冬来たりなば春遠からじ。冬のように厳しく不幸な状況でも、その冬を耐え抜けば、春のような穏やかで幸せな時を迎えることができるという意味の格言があるが、雪山ないしは冷凍庫のように冷え切った室内で一晩過ごせと言われると、そんな希望は抱けない。
吐き出した息は白く氷つき、気まぐれに触れた帽子のツバは凍ったように冷たく冷えている。加えて、意志とは反して体が勝手にがたがたと震えるせいか筋肉は強張り、堪らず自分の腕を抱くものの、その程度で凌げるはずもない。
「おうおうさ……っむいのう!なんじゃ此処で寝ろって、わしらに凍死しろと言うとるんか!」
言いながら、カクは酷く不機嫌な様子で声を荒げる。それから、機嫌の悪さのあまりにそこいらにあった椅子を蹴ったが、いくらこの屋敷に二人しか居ないとはいえ、声を荒げるほど声を上げれば屋敷内に響いて仕方ない。
アネッタは「うるさぁ」と迷惑そうに言いながら倒れた椅子を起こすと、自分の上着を彼にかけて「どうどう」と肩を摩る。それにより彼女が身に纏うのは長袖のタイトワンピース一枚となり、カクは流石に「いや、これはお前が」着ておけと、そう言いかけたが、人間ではない彼女は元気だ。
人が居ないことをいいことにずるりと伸ばした竜の尾は犬のようにぶんぶんと左右に揺れており、足元の埃が綺麗に掃かれていく。そんな様子を見れば出かけた気遣いは引っ込むもので、ひとまず彼女の上着を借りたまま息を吐き出したカクは辺りを見回して、ベッドに腰かけて端の方に置かれた毛布を引き寄せた。
「……この毛布で一晩過ごせということか…」
「せめて暖炉が使えばいいんだけどねぇ…まぁ、ひとまず使えるものは使っておこうよ」
アネッタは近付くとカクの持つ毛布を取り上げる。それから両端を持ってばさりと広げてはそれをカクに巻きつけようとそのままの恰好で近付くが、カクは毛布を広げたアネッタの腰を毛布越しに掴むと、自分の膝の上へと招いて、そのまま彼女が広げた毛布を、くるくると彼女に巻き付けてミノムシにしてしまった。
「………うん?」
うごうごとミノムシになったアネッタは動く。しかしミノムシすぎて動けない。アネッタはしぱしぱと目を瞬かせてどういう状況だとありったけの疑問符を浮かべたが、カクはどこか満足そうに頷いて抱き枕よろしく抱きしめるだけで、説明すらしてくれない。
「……??」
いやはやしかし、毛布に巻かれているといやでも体は暖かくなるもので、あれだけ尻尾を振っていたアネッタも段々と口数が少なくなって、うとうとと船を漕ぐ。暖かくなるだけで眠くなってしまう彼女は微笑ましいやら、呑気やら。彼はそれを見て僅かに笑んだが、どうせ今日はこの寒さを堪えて眠るしかないのだ。カクはいつしか寝息を立てて眠るミノムシを起こすこともなく、寧ろ予備で残っていた毛布を足に引っかけてから引き寄せて包まるとあったか湯たんぽになったミノムシ彼女をぎゅうと抱きしめて、瞼を閉じた。