人間と竜人族では寿命が違う。生きてせいぜい百五十年程度の人間と、二千年生きる竜人族。年数を重ねる毎に皺を刻み、髪の色を白く染める自分とは異なり、未だ衰え知らずで若々しい見目をしたアネッタ。
いつからか、彼女が隣を歩けば「お孫さんとデートなんていいですね」と言われようになり、彼女が妻であることを言えば、複雑そうな顔を見ることもしばしば。アネッタはその度に失礼な人だと言っていたが、見た目上は五十歳ほど離れているのだ。そりゃあ爺さんと若い女が腕を組んで歩いていれば、そう思われることも仕方のない話だ。
「そういえば、グアンハオにも寄ったんだけど老師は健在だったよ」
今もなお、現役扱いで仕事に駆り出されているアネッタが、数週間ぶりに帰ってきた。「疲れたー」なんてへとへとな様子で零す彼女から荷物を受け取り、額に口付けておかえりと言うと、彼女は思い出したように零す。
グアンハオにいる老師と言えば、まずジャブラの事で間違いないだろう。現役を退いた後、グアンハオで師の道を選んだと聞いた時には驚いたものだが、彼には息子関係で随分と世話になった。まぁ、今や「カクもアイツの息子もおれが育てた!」と鼻高々なようだが、それでも自分よりも十は離れた彼が、老師と呼ばれながらも子供たちの面倒を見ているのは少しばかり意外だったかもしれない。
「ははぁ、彼奴も八十じゃろうに元気な男じゃのう。さすがに白狼になっておったか?」
「そうだねぇ、もう真っ白だったかも。……あ、でも逆に真っ白な狼なんてかっこいいだ狼牙!って言ってた」
「……ポジティブな奴じゃのう」
「んふ、でもカクだってその老人言葉が似合うようになったんじゃない?」
「ワシャ昔から似合うとるわい」
昔と変わらず、悪戯っ子のようにニンマリと笑うアネッタが可愛くて仕方がない。そう思うのは人々の言うように孫のような見た目をしているからか。それとも未だ変わらない妻への愛情か。まぁ、なんにせよ可愛いという事実は変わらない。
彼女から預かった荷物をリビングにあるテーブルに置いて、着替え一式と、それからお土産らしい小包を取り出して整理がてら並べていると、別室で着替えを済ませた彼女が戻ってきた。しかしアネッタは机に並べられたものを眺めた後、思い出したように小包をひょいと一つとると、片づけをしているわしの前でびりびりと破いて「あのねぇ、これねぇ」と呑気な様子で話しかけてきた。
「こらこら……わしが片づけておるのが分からんのか?」
「ありがとう!いつも助かってます!」
思わず零れる呆れ声。
以前から思っていたことだが、彼女は精神年齢が低いように思う。以前、青雉に手をかけられた巨人族のハグワール・D・サウロは、書類に享年百五歳と記載されていたが、人間で言うところ三十五歳相当だと聞いている。ともすれば二千年生きる彼女も人間相当の年齢で考えると、実年齢が七十歳であろうが人間相当ではまだまだ幼い年齢なのかもしれない。いや、もしかしたら単純に馬鹿で阿呆で能天気なだけかもしれないが。
しかし、彼女は知ってか知らでか、不思議そうな顔をしたあとにはにっこりと笑ってお礼を零す。ただ、先のとおり何もお礼を貰いたいわけではない。なんだか途端に馬鹿馬鹿しくなってしまい、緩く握った拳をアネッタの額にごりごりとぶつけると、彼女は「いでで」と零しながら顎を仰け反らせた。
「ちょ、ちょ……ぉ……待って、お、お土産…お土産今回は良いのだから……ッ」
「ほう…?」
じっとりと睨む。アネッタは情けない声で呻いていたが、「お納めください」なんてやけに恭しい態度で、包装紙を剥いた小箱を向ける。
ひとまず破かれた包装紙を彼女に拾わせるとして、小箱を受け取ってみると、中には一体何が入っているのか、ずしりとした重みがあった。
「……ん、なんじゃ……やけに重たいのう」
「あ、振っちゃだめだからね。割れ物だから」
包装紙を一枚、また一枚と拾いながらアネッタがぽつり。割れ物と言えば骨董品であろうか。ひとまず開けてほしそうな彼女の視線が刺さるので、その場で箱を開くと、中には美しい切子のぐい呑みグラスが入っていた。底から中腹にかけての琥珀色と中腹から上の飲み口にかけての青。まるで朝焼けを感じさせるようなその色合いは美しく、切子を施されたそれはちょっとした芸術品にも見えるものであった。
「……綺麗じゃのう」
思わず零れ落ちた感想。それを聞いたアネッタはまた嬉しそうに笑うと、拾い上げた包装紙をゴミ箱にぱらぱらと降らせながら呟く。
「はぁ、気に入って貰えて良かったー。ワノ国でこれを見てさ、これでお酒を飲んでるカクって恰好いいかも!って思っちゃったんだよねぇ」
「確かに、これで酒を飲むのも良さそうじゃが…ちと勿体ないのう」
「あ、やだ、観賞用にしないでよね」
カクはすーぐ観賞用にする。そう話すのは、彼女がお土産に買ってきたものを、勿体ないという理由一つで飾ってしまうからなのだが、残り短い人生だ。使って摩耗させるよりも、思い出として並べる方が良いと思ってしまうのだ。
それは、世界政府在籍という立場上、写真を何一つ残せないという誓約から観賞用に並べたものを、写真替わりの思い出のトリガーにしているからなのだが、それをわざわざ口に出したことはない。だから、彼女は何故使ってくれないのかと不思議でならないらしい。
「しかしのう、一つしかないとわしのひとり酒になってしまうじゃろ」
「う……で、でも私が居ない日には一人酒もしてるでしょ…?」
「……なんじゃ、そんなに使って欲しいのか?」
「だって、絶対カクに似合うよ……?」
「爺さん相手によく言うのう」
「?爺さんでもカクはカクじゃない」
「わはは……それもそうじゃのう」
にこにこと、感情を見せる彼女の瞳が好きだ。窓から差し込んだ陽射しを受ける金の瞳は変わらず美しく、いま手にあるグラスのようだと思うと一層このグラスは観賞用にしたいと思ったが、彼女の気持ちを汲んでやるのも夫の務めか。
わしはグラスを片手に彼女の腰を抱くと、もう一度だけ頭へと口付ける。アネッタはそれを受けてくすくすと肩を揺らし、小さく笑って「なぁに」と言っていたが、「少し休んだ後、これに合う酒でも選びにいくか」とデートのお誘いをすると、彼女は瞳の中にぱちぱちと小さな星を爆ぜさせながら「うん!」と声を弾ませた。