「もしもーし、もうやめといたら?それ以上やると死んじゃうでしょ。」
汚ぇ掃き溜めに、凛とした声が響く。
足元まで伸びた影を辿って視線を滑らせると、眩い街の光を背に、狐面の女が立っていることに気付いた。個性的な仮面をつけた窃盗団の噂を耳にしたことはあるが、まさか此方にまで首を突っ込むとは意外だった。
「…嬢ちゃん、ヒーロー気取りか?事情も知らねェで顔を突っ込んでんなら、止めといたほうがいいぜ。」
「……事情を知ってるなら?」
「そりゃあ、殺すしかねぇだろうな。」
側近の尾崎に目配せをすると尾崎が「なんだテメェ」と恫喝をしたがどうやら効果がない様だ。女は重心を低く地を蹴り、一瞬で尾崎の懐に入ると手根部で顎を一気に天に向けて弾いた。――掌底打ち。素人には思えない鮮やかなまでの一打に恰幅の良い尾崎が背後にのけ反った。おそらくは脳震盪を引き起こしたのだろう。全く、なんて女だ。後に控えていた組員も応戦したが、数度の瞬きの間に硬いコンクリートに寝かされてあえなく撃沈。女一人に何してんだと怒鳴りたい気持ちはあったものの――お陰で女の背後を取れたので良しとしよう。
背後から女の両腕を拘束するように抱きしめると、ひゅっと息を飲む音が耳に入る。
「…若い。経験が浅いんじゃねぇか。嬢ちゃん」
「…っぅ……」
耳元で囁ぎながら強く締めあげると、苦痛に染まった声が仮面の下から溢れ落ち、その瞬間どうしようもない加虐心が電流となって全身をかけめぐった。
「いいなァ、その苦しむ声。興奮するじゃねぇか。」
「…っは、良い趣味…してるわね」
「褒めるなよ、照れるだろ?」
左腕は力を込めたまま、片手を仮面に忍ばせた瞬間、締め付けが多少緩んだのだろう。女が重心を下げ手を前に突き出したことにより、隙間が生まれて其処からするりと抜け出したではないか。状況を把握するよりも早く抜け出した女の掌底打ちが胸に入る。
「これでおあいこね。…それじゃ、忠告はしたからね」
そう言った女は俺の返事を待たずに踵を返して、吐き溜めを抜け雑踏の中に消えていく。背後で伸びていた組員たちは身を起こすや否や「す、すぐに探して捕まえます!」と言うが、一瞬でのされた奴らに何ができると言うのだ。
「いい、」
「え?」
「どうせ見つからねぇよ。 女は化けようがあるからな。」
「いいんですか…?」
「あぁ、どうせ神室町でわざわざ面倒ごとに突っ込むくらいだ。いつかは…いや、近いうちにまた再会するだろうよ」
裏事情に精通し、馬鹿げた正義感を持つが故にわざわざ首をつっこんだ女だ。此方が探さずとも、俺たちが俺たちである限り、また出会える筈だ。その機会が近ければ近いほど良いが――、俺は女が消えた方向を見つめながら小さく笑いを落とした。