■難波
「バレンタインなんて、菓子会社が掲げたバレンタイン商戦だろ?その策略にまんまとハマって何が面白いんだかな。……第一よ、中身だってチョコレートだとか、クッキーだとか、そういった菓子を喜ぶのなんて子供だけだろうに」
バレンタイン当日に並ぶ嫌味な言葉。何がどうしてそんなにバレンタインを目の敵にするのかと思ったが、彼女はこれが単なる僻みであることを知っている。
××は何の実りにもならない嫌味を右から左へと流し「じゃあこれはいらないんだ」「難波のために用意したのになぁ」と彼の嫌味以上に嫌味ったらしくチョコレートが入った小さな袋を揺らすと、難波は「ウッ」と露骨に口を噤みながらも、それを奪うようにして受け取った。
「別にいらねぇとは言ってないだろ」
「……まぁ、一番製菓の参考にするためにバレンタイン商戦に乗るっていうのも悪かねぇ。いわば、市場調査だな」
そう続ける言葉は、自分に対する言い訳かは分からない。ただ、食べ終えたあとにも残された綺麗な缶を見るに、随分とお気に召したらしい。後日「ねぇ、あれ」と訊ねると「なんだよ、今更返せっていっても返さないぞ」と言ってきたが、まぁ、なんというか、ツンデレな男である。
■春日
「え゛っ、こ、これ、俺にか?!」
そう言って驚く素振りを見せながらも、口角が上がってにやにやが隠しきれていない様子の一番。なんだか白々しい反応だ。××はそれを指摘すると、一番は口元を抑えたあと言葉を濁らせたが隠せる相手ではないと思ったのだろう。彼は「いや、正直××ちゃんからは貰えるんじゃねぇかとは想像していたんだけどよ、いや、でも、やっぱ改めて貰うと嬉しくてなぁ」と零すと、僅かに赤く染まった顔を誤魔化すように頭を掻いた。
「……なんか、一番って可愛いとこあるよね」
なんというか、そう、犬だ。それももふもふとした大型犬。そう考えると目の前の恰幅の良い男が一層可愛く思えて、一番をしゃがませたあと頭を撫でさせてもらったが、彼は嫌そうなような、照れているような、そんな複雑さが入り交じる様子で「おいおい冗談はよしてくれよ…」力なく呟いた。
■足立
「女の子ってのはそういうのが好きだよなぁ。なんだっけか、バレンタイン用のチョコレートだとか、クッキーだとか…そういった商品が多く集まったイベントにも行ったりするんだろ?」
もはや男のためっていうより、自分のためだよなぁと腕を組みながら笑う足立。「そういえば、××ちゃんは一体誰にやるんだ?」と尋ねる彼の表情を見るに、自分が貰うものとは思っていないのだろう。そんな足立に向けて、チョコレートが入った袋を掲げて「足立さんにあげようと思って」と伝えると、彼は暫く瞬きを繰り返したあと「え゛、ぁ、お、俺か?!あ、そ、そう、い、いやぁ…モテる男はつらいなぁ!」と笑っていたが、明らかに動揺している。――し、それを指摘しない手はない。××は「そう、モテる男にあげるから結構気合入れたんだよね。柄にもなく手作りで作っちゃった」と顔を覗き込むと、彼は唇をぐっと引き上げたあと「参ったな」と小さく零した。
■趙
「ねぇ、俺にはバレンタインチョコ、ないの?」
直球で訊ねる趙。一体なぜ他の人にチョコレートを配っていると知っているのだろう。距離の詰め方が妙に執着を感じる。ゆっくりと、足音も無く距離を詰める趙は後ろから抱きしめるように腹回りに腕を回す。頭の上に顎を乗せる様子は、甘えたなようにも見えるが逃がさないという意思表示にも見える。
「ねぇ、おれいい子にしてたじゃん。最近はさ」
趙が呟く。その言葉にサンタクロースじゃあるまいしと思いはしたがそれだけ期待をして待っていたのかと思うと悪い気はしない。××は暫し間を空けた後「ちゃんとあるから離して」と言ったけれど、趙はにんまりと笑った。
「見てのとおり××ちゃんを抱きしめるので手一杯だからさ、食べさせてよ」