【六話】寂しいなぁ(⛓🥖)

 その日、夕食に出されたデザートは生果物の苺であった。器に入った苺は少々小ぶりで、器の隣には先割れスプーンがつけられているのだが、これが妙に見慣れない形をしている。つるりとした頭部の掬い部分が平坦になっていて、それでいて苺のようにぶつぶつとした凹凸があるのだ。

「ねぇねぇ、これって何?スプーン?……だよね?」

 見たことのないそれがどうにも不思議でならない。というか、苺を食べるのに何故これを使うのだろう。アネッタは珍しくも同じ時間に食事を始めたサッチに声を掛けると、彼よりも先に向かいに座るラクヨウが鼻で笑った。

「オメーは何も知らねえな」
「え?これってそんなに当たり前のもの?」

 多分嫌味を言われたのだとは思うが、それよりもこれが一般常識であることに驚きを隠せない。だってこんなものは見たことがない。一般常識と言うのであればどこかで見たことがあっても良いと思うのだが、学校でも、生まれ育った養護施設でも、それから知識の宝庫であるインターネットでも見たことがない。
 不思議に思いながらスプーンを眺めていると、サッチは一度手を止めて言った。

「それはいちごスプーンと言って、それで苺を潰すんだよ」
「苺を?」
「あぁ。アネッタの生まれ育った場所では潰して食べなかったのか?」
「えー…?潰して食べる人なんか見たことないけど……」

 そういえば、ドイツの方では芋を潰して食べる慣習があると聞いた事がある。ならば、これもそういった慣習的なものだろうか。アネッタは「私の国ではね」と前置いて苺を一つ手にとると、実演するよう口の中へと放り込んで食べて見せたが、酸っぱいのなんのって。

 あまりの酸っぱさに「す…っぱぁ!」と声が出る。しかし、思えば隣にいるサッチは今回の献立を決めた張本人のはずで、アネッタは口の中がきゅーっとする感覚を堪えながら精いっぱいの言い訳を連ねた。

「ごめ、サッチ、ちがうの、美味しくないとかじゃなくて、いや、予想以上に酸っぱくて」
「いや、そりゃあ勿論いいけどよ、大丈夫か?」

 サッチがトレーに置かれた牛乳を手に取って渡す。それを有難く飲んでいると、向かいに座るラクヨウが「おいおい、そのまま食ったらそりゃあ酸っぱいだろ」なんて呆れたように突っ込みを入れるが、後の祭りだ。早く言ってよぉなんて思いを胸に、じとりとラクヨウを見ながら牛乳を飲むと、サッチとラクヨウが会話を続けた。

「……いや、もしかしたらアネッタのいたところでは酸っぱくない苺が当たり前なんじゃないか?」
「苺がぁ?」
「だってあんなに警戒もせずに食べるんだぞ、そうとしか考えられないだろ」
「いやいや、こいつがどんくさいだけっていう可能性もあるだろ」

 この間も、抱えた洗濯物を踏ん付けてずっこけてたぞ。ラクヨウの言葉は意地悪だ。だからこそ、これ以上続けられるのはなんというか分が悪く、アネッタは話を戻すように「私のいた世界での苺は!」と声を大きくして言ってはみたものの、注目を集めて語る苺知識なんてものはない。
 だから彼らが興味深そうに見つめた先で零れ落ちた言葉は、「あ、甘いよ」なんてごくごく当たり前の言葉で、ラクヨウはたっぷりの間を置いて、反応に困ったように「へぇ」と乾いた反応を零した。

「な、なによぉ…」
「いや、だってよ…甘いって……」
「だって甘いんだもん!」

 甘いものは甘い。知識のない女子高生にグルメリポが出来る筈ないじゃないか。アネッタは自分で苦しい言い訳だと思いながらも、それ以上の言い訳も良い感想も思いつかず牛乳を飲んで誤魔化すと、それを見てサッチが柔らかい言葉で問いかけた。

「なぁ、アネッタ。甘いってどれぐらい甘いんだ?」

 やはり、コックとしては気になるのだろうか。とはいえ苺が甘くないのなら、甘さをどれと比較して例えたものか。悩んでいると、向かいに座るラクヨウが自陣にある例のスプーンと、苺が入った器を手に取った。

「おれたちはよ、こうやって器に入ったままの苺をこのスプーンでつぶして…っと、ここに砂糖と牛乳を入れんだよ。そうしてやっとこさ苺が甘いデザートになるんだけどよ、お前のとこもそうなのか」

 説明通りに、器に入ったままの苺がスプーンの底で潰された後、シュガーポットからつまみ出された砂糖が入れられて、さらにコップにある牛乳が入れられる。すると、つぶされた苺から溢れた果汁が牛乳と砂糖と混ざり合いピンク色に変わり、なんというか見た目上は果汁たっぷりのイチゴジュースだ。アネッタも自分の分で真似をして苺を潰し、それから砂糖を入れる。最後に少なくなった牛乳を入れてやると同じものが出来上がり、恐る恐るそれを口に含むと、酸っぱさに甘さが加わることで甘酸っぱいものへと変わったそれに「うわ、おいし!」と驚きで声が上がった。

「…あ、でももしかしたらこれより甘いかも」
「うお、これよりもか」
「酸味は?」
「んー…安い苺だったら勿論酸味もあるけど、でもお高い苺は酸味がないくらい甘いよ」
「はー……そりゃすげぇな。おれっちも食べてみてぇなぁ」
「あははっ、じゃあ私が元の世界に戻ってー、それからこっちにも遊びに来れそうだったら沢山苺を買って届けてあげるね」

 言いながら、スプーンで潰した苺を牛乳と一緒に掬って口元へと運ぶ。そのとき、彼女の視線は落ちて気付かなかったが、サッチの表情は曇っていた。ラクヨウはそれを見て「元の世界に戻れるなんて喜ばしいことだろ」と零したが、向けられた表情と言ったら。ラクヨウは小さく息を落としながら、大きな苺のかたまりを潰したがサッチはいまだ食事に手がつかず、美味しそうに苺を堪能するアネッタの顔を眺め続けていた。