砂の君(kbn)

 北部ワイルドエリアの中央に位置する、砂塵の窪地にて。
 斜めに伸びる岩の陰に隠れて、一眼レフカメラを構える。足元には、ズルックとパルスワン。二匹ともお利口なもので、彼らは趣味の場を邪魔せぬよう座り込んで、足や尻尾を揺らしている。
 全くなんて出来た子たちだろう。もるは彼らに感謝しながら、遠くを歩くポケモンにレンズを向けてシャッターを切っていたが、不意に手を止めることになったのは同種のズルックに気が付いたごまたろうがもるの袖口を引いたからであった。
 ごまたろうの視線の先には、色違いのズルックがぺふぺふと歩いている。さらにその前をカジッチュが歩けば、色違いのズルックはダボついた腰の皮を持ち上げながら追いかける。その微笑ましい光景を逃してたまるかとカメラを構えたが、親友とも言えるパルスワンが遮るように声を上げる。それも、その声は警戒を示す声だ。もるは悩む間もなくカメラを下ろして顔を上げると、ぱちおが牙を見せて唸る先で此方を見ながら下世話に笑う男ふたりと目が合った。

「……何か」

 訊ねるもるに、男たちが近づく。ごまたろうは腰の皮を引き上げながら足元にぴったりと擦り寄って不安そうな顔を見せ、ならば自分までも不安を見せるわけにはいかないともるは男たちを睨むと、一歩、また一歩と近付く男たちに向けてパルスワンが吠える。男たちはそれに驚いたように「おっと」と距離を取ったが、此処で引くという選択肢はないらしい。

 彼らはモンスターボールを手にすると、「お姉さん、こんなところに一人できちゃ危ないんじゃないの?」と白々しく声を掛けた。

「おれたちがさ、守ってあげるよ」
「……守るというわりに、モンスターボールを取り出すんですね」
「そりゃあ断られたくないからさ」
「そうそう、おれ達は善意で言ってるんだから断るなんてひどいこと、しないだろ?」

 何が善意だ。男たちはそれぞれ手にあるモンスターボールからヤミカラスとイワークを出して、ダブルバトルをけしかける。
 あく・かくとうタイプのズルックと、でんきタイプのパルスワン。対して相手はズルックの弱点となり得るあく・ひこうタイプのヤミカラスと、電気が通らないじめん・いわタイプのイワーク。どちらもいま出している二匹とは相性最悪で、加えてズルックは戦闘に向いたポケモンではない。恐らくは彼らもこのポケモン二匹を見て声を掛けてきたのだろう。
 にやにやと笑ったままの二人は「ダブルバトルでいいよ」「勝ったらお姉さんは好きにすればいいし、負けたらその時は、ねぇ?」なんて語尾に笑いを滲ませながら距離を詰めるが、こんなの強盗のようなものではないか。
 だめだ、どうすればいい。どうすればこの場を乗り切れる。後に控えたフライゴンを出して空を飛んでみようか。いや。いいや、飛ぶ手段を持っているヤミカラスがそう簡単に逃がしてくれるようには思えない。そうやってもるは必死に頭を回転させる。しかしいくら考えても逃げ出せるビジョンが描けずに後ずさると、背後にあった斜めに伸びる岩が背を押して、いよいよ逃げ出す手段が無くなった。
 勝てない。勝てる筈がない。なんせ私は世界を目指すようなトレーナーではない。そして可愛いポケモンたちをこんな理不尽な状況で傷つけたくはない。もるはせめてポケモンたちを戻してやろうと腰に下げたモンスターボールへと手を伸ばした瞬間、

「吹けよ 風! 呼べよ すなあらし!」

 そんな声と共に、辺りの砂を巻き上げるような砂嵐が一瞬の視界を遮って、後ろに体が引かれた。下から立ち上がる風が髪を押し上げて、それに押されるようにして顔を上げると其処にはキバナとギガイアスが立っていた。それからこれ以上の危険が及ばぬようにと、手を引いて自分の影へと寄せたキバナは、安堵するごまたろうとぱちおに「偉いぞ、おまえたち!もるを守ってくれてありがとうな!お陰で間に合ったぜ!」と笑みを向け、そして狂暴を彩る瞳を、男たちに向けた。

「な……ッ?!キ、キバナ……?!」
「バトルする気のないトレーナーにバトルの強要」
「そ、それは」
「それどころかポケモン二匹を出して脅しか」
「いや、あの、」
「そのダブルバトル、オレさまのギガイアスも入れてくれよ」

 キバナは静かに、しかし威厳を持って言った。

「ヒッ、い、いや、その……それは……」

 相手はあのキバナだ。到底勝てる相手ではないことはよく理解しているのだろう。男たちは先ほどまであれほどいやらしく笑っていたのに、いまは姿が小さく見えるほど縮こまっている。それから男たちが謝罪と共に逃げ出したのは三十秒とかからぬ後のことで、キバナは彼らの姿が見えなくなるまで手を握り続け、彼らの姿が見えなくなると同時に手を離すと、隣に控えるギガイアスの体を叩きながら息を吐き出した。

「……もるの姿が見えたと思ったら、男二人に言い寄られてんのは流石に驚いたな」
「見てた、……んですか?」
「ん、まぁ、……あぁ、でもたまたま此処を巡回していてな。…ただ、熱心に写真を撮っていたから声を掛けるのもなと思っていたんだが、……言い寄られている姿を見たらな」

 少しばかり気恥ずかしそうに頭を掻くキバナ。視線を外す彼は足元に寄ってきたごまたろうと、ぱちおと視線を合わせるように膝を折ってしゃがみ、それぞれを優しく撫でる。彼らもそれを嬉しそうに受けながら、自分たちを守ってくれたこと、それから一番はもるを守ってくれたことを感謝するように頭を押し付けており、何故だかそれを見ていると、自分が特別扱いをされているような気がして、お腹が妙にくすぐったくなってしまった。

 なのに彼は「なぁ、もる。困ったことがあれば、いつでも呼んでくれよ」なんて特別扱いするように言うものだから、私は真似るように隣にしゃがんで、「……呼んだらまた来てくれますか」と静かに訊ねた。