海との結婚式

 海との婚礼の祭典。通称、海との結婚式。それは指輪を海に投げ入れて、海と共に生きることを誓い、ウォーターセブンの加護を祈願する祭典だ。しかし、この時期は指輪屋台が多く立ち並ぶ。特に前日に控えたきょうは観光客も多く、屋台が集まる一角はひときわ賑わっていた。

「……はあー……すっごいねぇ……」

 夕暮れが訪れ、空が橙色から紫色へと移り変わる頃。仕事を終えてブルーノの酒場へ行く道すがら、指輪屋台の前で足を止める。屋台上に並べられた武骨な木箱と、整然と並べられた煌びやかな指輪たち。横に並ぶ箱たちは指輪のサイズやデザインに合わせて仕切られており、来客がそのまま指輪を眺められるようになっている。観光客たちが和気藹々と言った様子で指に通す姿を見て、アネッタも自然に手を伸ばす。多分、そんなに違和感はなかったと思う。手にした指輪は、飾りの無い代わりに細かな模様が彫られており、夕方時の柔らかい光を浴びてきらりと光っていた。

「ねぇパウリー……この指輪たちは、海に投げちゃうんだよね?」
「おお。だから高え指輪じゃなくて、大体はこういった屋台で買うんだよ」
「へぇ……確かに随分と安いのう」

 アネッタに続き、パウリー、カクと両端に立つ男たちが言う。
 確かに屋台にある木箱にはそれぞれ金額が書かれているが、最低価格は子供のお小遣いでも買えるような金額だ。最上位の指輪でも一万ベリーほどで、指輪から下がる値札と装飾の細かい指輪を交互に見たアネッタは、どこかそわついた様子で尋ねた。

「パウリーは誰かにあげるの?」

 しかし、同僚のコイバナが聞けるかも…なんて期待は、呆気なく打ち破られる事になる。

「いねーよ、そんなやつ……おれは自分で用意する。というか用意してる」
「うっそ、もう用意したの?!」

 この海との結婚式は、先のとおり指輪を投げ入れる事が慣例になっている。それに使用する指輪は贈るも自身で調達するも自由なので、独り身である男性が既に購入していても何らおかしな話ではなはいが、――まさか万年金欠の彼が既に調達済みだなんて!
 これが現地人との差か……。アネッタが見せて見せてと強請ると、パウリーは面倒くさそうにポケットへと手を突っ込んで、アネッタが出した手に落とした。

「………ナットじゃない」
「指輪みたいなもんだろ」
「いや、輪っかだけども……」
「万年金欠のパウリーが用意できる筈もなかったのう」

 溜息を吐くカク。まぁ、確かにきょう食べる金も無いとせがむような彼の事だ。納得ではあるが、はたして祈念する祭典を疎かにして良いのだろうか。何か、疑うようなジットリとした視線。パウリーはそれを払うように「うるせぇなぁ!」と遮ると、方向性を変えてアネッタに尋ねた。

「大体、お前はどうなんだよ。もう貰ったのか?」
「……パウリーがくれるってこと?」
「それでいいならやる」
「やだ~~!」
「わがままな女だなァオイ」
「我儘じゃないもーん、だって折角のイベントだよ?一度くらい贈られてみたいじゃない」
「そうかぁ?」
「そうだよー」

 指に通したままだった指輪を外し、今度は花冠のように小さな花細工が並ぶ指輪を取る。仕事でつけるには可愛らしいそれ。休みの日くらいであれば、こういったものをつけるのも許されるのだろうか。アネッタは暫くそれを眺めていると、パウリーは「お前も女だな…」なんてよく分からない事を言ってきたが、一体どの立場で言っているのか。それに、なんとも失礼である。
 その時、ひょいと奪われる指輪。見ると、隣に立つカクがそれを手にしており「これがいいのか」と尋ねる。

「え?あ、うん」
「そうか」
「もしかして、買ってくれるの?」
「じゃないと、あれもこれもと無駄遣いするじゃろ」
「し……ない、ですけど…」
「どうだかのー」

 これ一つ。言いながらも、早々に支払いを済ませるカク。「良かったじゃねぇか」笑うパウリーをよそに、なんだか無性にお腹がこそばゆい。普段は、彼が隣で笑みを向けたって、危ないからと手を引いたってこんなことにはならないのに。それを誤魔化すよう彼の手を引いて「私もカクに贈ってもいい?」と尋ねてみる。これに対しては、いつものように「お前のセンスはいまいちじゃからのう」……とか、皮肉の一つや二つ言ってもいいのに、存外嬉しそうな笑みを向けるので、アネッタはぎこちなく視線を逸らし「どれにしようか」と尋ねた。