告白を聞いて

 彼はまぁよくモテる。成績優秀で運動神経も良いまさに文武両道だからなのか、それとも人懐っこい気さくな性格をしているせいなのか、彼はよく女の子に告白されている。付き合っていると公言してもその数はあまり減る事は無く、周りの友人たちからはもっとアピールしたほうがいいんじゃない?と言われる始末だ。ただ、アピールも何も、登下校は一緒だし、昼休みの時間だって殆ど一緒にいるのにこれ以上何をアピールしろというのだろう。
 放課後、先生に頼まれてみんなから集めたノートをひとまとめに理科準備室へと運んで、さぁあとは理科準備室を出るだけだという頃合いで「カク先輩、あの、付き合って欲しいんです。」という声が理科室の方から響いて、思わず足が止まってしまった。よくラブレターを貰ったり、告白されている場面は見かけるが、こうしてすぐ近くで告白されているところを目撃するのは初めてだ。ああ、なんて嫌な気持ちになるのだろう。そもそも人の告白だなんて聞くものじゃないということだって理解しているが、お腹の中がずしんと重くなるような感覚に私はその場にしゃがみこむと、膝に顔を埋めた。

「あー…すまんが、わしはすでに彼女がおるから付き合うことはできんのォ。」
「……そ、うなんですか………、………あの、…私、ずっと待ってます!」
「ずっと?」
「だから、その………別れるその日、まで…」

 健気で、可愛らしい声が聞こえる。
 ああ、嫌だな。自分と付き合っている相手への告白だなんて聞きたくない。何が面白くて聞かなければいけないのだ。しかし、理科準備室から抜け出すにも、廊下に繋がる理科準備室の扉は立て付けが悪いことから、物音たてずに抜け出すことが出来ないのだ。いっそのこと何も考えずに盛大に音を出して出て行ってやりたいが、いくら気に食わないからといって、誰かが勇気を振り絞って行っている告白を邪魔することなんてできなかった。
 いつしか物音が無くなり、告白が終わったのかと顔を上げた私はゆっくりと身を起こすと、恐る恐る理科室へと繋がる”開きっぱなしのドア”から理科室を覗くと、彼女とカクの姿がなくしんと静まり返っていた。遠くの方で部活に勤しむ生徒の声や、帰宅する生徒たちの愉しそうな声が聞こえる。

「…………終わった、のかな。」

 小さく呟いた言葉は、しんと静まり返った部屋にはやけに大きく響いて、私は思わず乾いた笑いを落とした。さっさと帰ろう、もしかしたら彼もまだ帰らずにどこかにいるかもしれない。私は理科室側に背を向けて、理科室と準備室を繋ぐ扉を閉めると、不意にひたりと背後から伸びた手がドアノブに触れる私の手に触れた。

「………〇〇、聞いておったのか。」

 耳元で聞き馴染のある声が静かに問いかける。ああ、意地の悪い人だ。私が出てくるのを隠れて待っていたのか。どうして彼は私に気付いたのだろう。私は物音も立てず、大人しくしていたのに。

「……いや、あの、……先生に頼まれて、ノートを運んでたら……その」

 彼の問いかける言葉がいつもと違って静かだから、怖くて後ろを振り返ることが出来ずに視線を落とす。そりゃあそうだ、誰だって告白するところなんて見られたくないはず。彼が怒っても仕方の無い事なのだが、でもよく考えてみると、私は運悪く聞いてしまった通りすがりでしかないので、私に非はないはずだ。そこで勇気を振り絞って彼の方へと振り向くと、意外にもカクは怒っておらず、むしろ申し訳なさそうな、心配そうな表情を浮かべていて、私は拍子抜けしてしまった。

「…盗み聞きしておったのかと思ったが、そういうことか。タイミングが悪かったのう…。」
「……怒ってないの?」
「〇〇は偶然聞いてしまっただけじゃろう。…むしろ、わしが言い寄られているところを聞かせてしまってすまん。」
「え、あ、うん。」

 静かに問いかけたのは、申し訳なさからだったようで珍しくも落ち込んでいるような彼の姿に、私は「大丈夫だよ」と全然大丈夫じゃないくせに強がって言葉を返す。とはいえ彼は私の恋人で、それ以上に付き合いの長い幼馴染だ。私が大丈夫じゃないことくらいすぐに分かってしまうんだろうが、それでも彼が落ち込んでいるのは私も悲しいので、これぐらいの他愛のない嘘は見逃してほしい。

「………彼女がおることは公言しとるつもりなんじゃけどなぁ。」
「カクはおモテになりますからなぁ。」
「…なんじゃ嫌味か?」
「嫌味じゃなくて本当の事でしょ?今月何人から告白されたか言ってみなさいよ」

 私の問いかけにカクは「う」と言葉を詰まらせる。全く、これだからモテ男は。

「ほらぁ……絶対まだ告白されてるじゃない…」
「でも全て断っとる。」
「当たり前じゃない。」

 言いながら、私は特に意味もなく彼の左手を右手で掴んで指を絡ませる。

「じゃあなんでそんな顔しとるんじゃ」
「………カクがおモテになるからでしょ。」
「わしにはお前がおるから他の女に興味なぞないわい。」

 彼もまた、絡ませた手を握り返して、指先を指の腹で撫でた。

「でも、別れるその日まで待ってるって言ってたの、聞いたよ。」
「…はは、冗談じゃない。わしはやっと手にしたものをみすみす離すほど馬鹿じゃあない。」

 そう呟くカクの瞳はどこか独善的で、そのまま彼は右手で私の顎を掬うと触れるだけのキスをして「好きじゃよ」と笑った。私は彼の手を握ったまま「ふふ、知ってる。……でももう一回言ってほしいな。」と強請ると、彼は存外嬉しそうな表情を浮かべてはもう一度だけ唇を重ねて、もう一度子供じみた愛を囁いた。