マーキング

 ガレーラカンパニーで働く男たちの大多数は、何かしらのタトゥーを入れている。文字であったり模様であったりと柄は様々だが、こうも多くの男たちがタトゥーを入れていると羨ましく思えてしまうのもある意味当然で。

「みんないいなぁ、かっこいいタトゥー入れてて。」

 皆から自慢のタトゥーを見せてもらいながら、どこか羨ましそうに溢すとタイルストンが「○○もいれたらどうだ」と言ってくれたが、ルルが「でも嫁入り前の体に入れるのはどうなんだ?」と渋い反応を見せると、タトゥーを自慢げに見せていた男たちも、顔を見合わせながら「確かに」といって一気に反対の姿勢を見せるのだから狡い話だ。

 しかし、流石は職人たちの集まりというべきか。私がむくれていると、その様子を見ていたベテラン従業員のオリバーさんが「それじゃあ、おいちゃんがヘナタトゥーをしてやるよ。」と言って、右手の甲に美しい太陽を模したヘナタトゥーをいれてくれたのだ。オリバーさんいわくヘナタトゥーは時間が経つと消えるものらしいし、確かにこれならばお手軽にタトゥーを楽しめて良いかもしれない。何より手の甲に入れられたそれは美しく、タトゥーに憧れていた私にとっては小さな夢が叶った瞬間だった。

 そうして一時間程度置いて、ヘナタトゥーが落ち着いた頃合い。カクがようやく現場から戻ってきたので、私は彼の方へと向かって「ねぇ、カク、これ見て。可愛くない?」と手の甲に描かれたヘナタトゥーを見せびらかすように手を差し出すとカクは「なんじゃ戻ってきて早々」と少しばかり呆れたような口ぶりで私を見たが、差し出した手のひらを、いや、ヘナタトゥーを見た瞬間、眉間に深い皺を刻みながら「………似合っとらん、早く消せ」そう一言、ばさりと切り捨てた。一瞬わけがわからなかった。似合っとらん?うん?似合っとらんって似合ってるって意味でしたっけ。
 遅れて間欠泉のように怒りが沸きあがった私は「はあああ?似合ってますけど?!」と声を荒げて、よく見ろとばかりに手を差し出したが、それすらも切り捨てるように「似合っとらん!」とカクが言うので、私は思わずたじろいでしまった。

「な…ぁ……?!」
「おいおい、カク。それは言いすぎじゃねえか」
「しらん。わしはどうだと聞かれたから似合っておらんといったまでじゃ!」

 普段私に対して似合わないなんていってもさらりと言うくせに、何をそんなにイラついているのか。此方があまりの怒りで言葉を失っていると、カクはふんと鼻を鳴らしては「わしはもう帰る」といって、定時なことをいいことに周りの制止も振り切って帰ってしまった。
 そのあとの残された者たちの気まずさといったらもう。ヘナタトゥーを施してくれたおじちゃんはただただ申し訳なさそうにするし、男たちも気にすんなよ、なんて私をおじちゃんを慰めるし。いや、私はいいんだ。それよりもヘナタトゥーを施してくれたオリバーさんに申し訳ないと頭を下げると、オリバーさんは「いいや、出すぎた真似をしてしまったのかもしれない。でも、〇〇ちゃんが喜んでくれて、おいちゃんはそれだけで嬉しかったよ」と笑って許してくれたが、申し訳なさが消えることはなく腹の中へと残った。

 時刻二十三時を過ぎた頃、私はようやく残業を終えた。なんとなく気持ちが落ち着かない事もあったし、あとは単純に、設計図のことで学びたい事があったから残業をさせてもらっていたわけだが、それにしても定時後に五時間も働くのはやりすぎだったかもしれない。設計図とにらめっこしていたから肩はバキバキで、目も霞む。

「はー……ちょっと流石に残りすぎたなー………お腹すいたぁ…。」

 窓から覗いた外は当然真っ暗で、立ち並ぶ街頭の光が少し滲んだように輝いているが、みんな寝静まったようにしんと静まり帰っている。この時間帯だとまずお店は空いていなかったし、家に何か夜ご飯にできそうなものあったかなぁ。いつもなんだかんだ隣の部屋に住んでいるカクの部屋で食べていたし、食料なんてない気がする。

「〇〇、」

 そんな時だった、静まり返っていた静寂を壊すような声が響いたのは。顔を上げると、入り口前にカクが経っていたが、いま一番会いたくない人物の姿に私は思わず眉間に皺を寄せた。ああ、もう、なんのための残業したと思っているんだ。

「………なに、忘れ物?もう戸締りするから早く取りなよ。」

返した言葉はいつもよりも冷たいものだったと思う。

「いや、違う」
「…じゃあ何」
「…………さっきは、その、すまん」
「…何が」
「………似合わんといって。」

まるで子供のようにぼそぼそと零す彼。まぁ謝っているのだからそれを茶化すことなんてしないけれど、かといって、謝られたからハイ終了とする気にもならず、私は作業机の上に腰を下ろしては気まずそうな顔を浮かべている彼を見て、「……私よりも、 おじちゃんに謝ってほしい。3番ドッグの、オリバーさんに」と言葉を返した。なんせ今回一番傷ついたのは、このヘナタトゥーを施してくれたオリバーさんだ。しかし、そもそもヘナタトゥーを施してくれたのがオリバーさんだということを知らない彼は、少し納得のいってないような、疑問を浮かべたような表情を浮かべたので、「オリバーさんがタトゥーいれてみたいって言うわたしの我儘をきいて、ヘナタトゥーいれてくれたのよ。それをオリバーさんの前で似合わないというんだもん、傷ついたに決まってるじゃない」と説明をすると、彼はそこでようやく自分がしでかしてしまったことを理解したようで、小さく小さく、消え入りそうな声で謝罪を零した。

「……はぁ、もういいよ。とりあえず明日オリバーさんに謝ってね、オリバーさん怒って無かったし大丈夫だと思うけど、技術屋が否定される悲しさは、カクだって分かる筈でしょ。」
「……、…あぁ。」
「……カク、もういいよ。謝ってくれたし、もう許す。」

なんというか私は説教することにはあまり向いていないらしい。彼があんまりにもしょんぼりしているので怒る気も失せてしまい、小さく息を吐き出せば彼に此方へ来るよう手招きをして、近づいてきた彼を、机の上に座ったまま見上げた私は「なんでそんな顔するの」と問いかける。なぜならしょんぼりとしている彼はどこか浮かないというか、納得いっていないというか、そういう複雑そうな顔をしていたから。

「………悪いことをしたとは思っとる。でも、嫌なんじゃ。」
「タトゥーが?」

小さく頷くカク。何がそんなに嫌なのだろうか。自分の手の甲にある太陽はこんなに素敵なのに、彼にとってはとんでもなく嫌らしい。太陽を見て嫌がるとかドラキュラじゃあるまいし、と思う反面、それでも彼がここまで嫌がるのだから何か並々ならぬ理由でもあるのだろう。
とはいえ、このヘナタトゥーは一カ月ぐらいは消えないらしいし、いやはや、どうしたものか。

「ううん……これ、あと一カ月くらい残るのよねぇ………、でもカクはどうしても嫌、と。うーん……、何かカクの気が済む方法とかあったら試してみてもいいんだけど」

折角施してもらったが、この先一カ月も彼がこんな状態なのは御免だ。だからせめて彼が満足いく方向を探すべきだと思ったのだが、私の言葉を受けたカクは少しばかり私を見つめたかと思うと、大きな手のひらが私の体を押して、座った机の上に組み敷いたので瞬きを繰り返す。

「う、ん?」

突飛な行動に疑問が落ちたが、私を見下ろすカクは「気が済む方法、試していいんじゃろう」と零しながらやや緩慢な動きで私の手首を上から押さえつけるので、「どういうこと?」と問いかけると、カクは口元に薄く笑みを携えて答えを示すように、手の甲にあるヘナタトゥーに爪を立てガリガリと肉を抉り深いひっかき傷が残した。当然、手の甲に走る鋭い痛みにううっと呻くと、カクは底知れぬ瞳を細めて「案外スッとするもんじゃのう」と血の滲む手の甲へとキスを落としては、痛みに涙を滲ませる私を見てどこか満足そうに笑った。

「………折角入れてもら、ったのに」
「オリバーさんには申し訳ないが、わしは気に食わんのだから、しょうがないじゃろう。」

一体なぜこれが許されると思うのだろう。手の甲に入った太陽はみるも無惨なズタズタ具合で、右手に指を絡めた彼の長い指先が愛おしそうに傷を撫でて悪戯に爪を立てるのだった。