弱った君を可愛がって

 世界政府の諜報機関サイファーポールには、悪魔の実を食べて能力者になった者にだけ課される特別実習というものがある。それは海楼石製の手錠を使用しての体験実習で、この実習は能力者のデメリットへの理解を深める目的で行われるのだが、いかんせん、能力者ではない私からしたら海楼石なんて都市伝説のような懐疑的な代物でしかなかった。こんな代物があのルッチやジャブラ、カクを押さえつけることが出来るって?そんなまさか、想像も出来ない。しかし、実際に海楼石の手錠を嵌められて力なく凭れかかってくるカクの姿を見てしまうと、信じざるを得ないわけで。

「はぁぁ…海楼石って本当に力が出なくなっちゃうんだねぇ」

 私の言葉に何を呑気なことをといわんばかりの視線が突き刺さる。カクは私の方に凭れかかったまま、体調が優れない様子で吐息を落としては「もういいじゃろう」と力なく呟いたが、まだこの手錠を嵌めて五分も経っていない。

「えぇ?ダメだよ、海楼石体験は一時間枠だもん。」
「いち、時間…」
「ふふ、ちゃんと身をもってどうなるか体験しないとね、…能力者なんだから。」

 絶望じみた声が珍しくて、少し面白くて、彼の手首に嵌められた冷たい手錠を撫でながら耳元で囁けば、彼の肩が僅かに揺れた。普段見ることのない反応に口角が吊り上がる感覚を覚えながら、抵抗出来ない事を良い事に、輪を繋ぐ鎖を掴んで彼の頭の上に手を押し上げるようにして彼を組み敷いて、無防備な彼の首筋や顎に触れるだけのキスを贈る。余裕無く吐息を吐いて身を捩らせる彼を見て「可愛い」と零すと、彼は普段よりも血色の良い顔で機嫌悪く此方を睨んだ。

「は…っ、ちと遊びすぎ…じゃないか?」
「そう?…だって海楼石で体の力が抜けるのなら、感覚はどうなるのか気になるじゃない。」
「それは〇〇の個人的…っ興味、じゃろうが。」
「あはっ、バレた?」

 睨む彼の眼差しを心地よいと感じたのは初めてかもしれない。指先で彼の首を撫で気紛れに手のひらをあてがった私は「まぁ、私は優しいから首を絞めるなんてことしないけどね」と笑むと、何か心当たりがあるらしいカクの瞳が僅かに揺れた。ように思う。

「…ねぇカク、本当に動けないの?」
「動けておっ、たら、…っはぁ、こんなに好きにさせてない、わい。」
「あはは確かに……じゃあ、私が何しても抵抗できないんだ?」
「……後、で…覚えとくんじゃな……」

 眉間に皺を寄せながら零す言葉の愛らしさといったらもう。

「…残念ながらこの後は終日外出しての任務で、帰宅は三日後になるんだよねぇ。それまで覚えていられるかな。」
「な…っ!」
「まぁまぁそう怒らないでよ。私だって寂しいんだから。だから……ね、少しだけ触れ合おうよ」

 この時間が終わったら次に彼と会えるのは最低でも七十二時間後だ。死ぬ気なんて勿論ないけれど、それでも職業上、五体満足怪我なく帰ってこれるかなんて保証されていないのだから、時間は大切に使わないと。そんな後付けの理由を思い浮かべながら抵抗のできぬ彼の頬に手を這わせた私は、どこか満更でもなさそうな彼を見て小さく笑った。