バレンタインのお返しに

「それでホワイトデーのお返しなんだけどさ」

 これまでは星柄など脈を感じさせないラッピングだったものがハートに代わり、切れ端でも余りでもないチョコレートマフィンを貰った。溶けていない状態のチョコレートがゴロゴロと入ったそれはバターの風味と甘みが上手く調和しており、それを自室に戻ってありがたく頂戴していると何か前置くように切り出されて、思わず呆れた声が出た。

「は?」

 なんせ今日は二月十四日、バレンタインデー当日だ。ホワイトデーまでは、まだ一カ月もある。何より、ホワイトデーのプレゼントを集るつもりか。というか集ると言う事は、あのハートのラッピングも、自分ひとりに用意したマフィンも、本命ではなく友達に渡すようなものだったと言う事か?
色々と疑問が募り、気分がやや落ちる。それを察したようにアネッタは「ちがくて」と何か弁解するように言うと、少しの間を置いて呟いた。

「……その、……カクからも……チョ、…コが、……欲、しくて」

 ボソボソと聞き取りづらい声。長い睫毛を下に向けて視線を落とす彼女の顔は赤い。加えて、片方の横髪を編み込んで良く見える耳も分かりやすく赤くなっており、その弁解を聞けば責める事は出来ない。かといってこの可愛らしい状況で茶々を入れて怒らせて終わるのも勿体ないように思えて、出された緑茶を啜り、それから隣に座る彼女の顔を覗き込むと少しの意地悪で一つ尋ねた。

「わしが菓子なんぞ作らんと言う事は、知っとるじゃろ」

 垂れ落ちる片方の横髪を掬い、人差し指にクルリクルリと絡める。そのあいだ、彼女は瞳を揺らしながら「でも」とか「だって」と言って答えを探していたが、それでも今ある欲を捨てきれなかったらしい。横髪を好きに弄られるまま、理由も言わずに尋ね返した。

「………………駄目?」

 その甘えたと言ったら!
 全く、これが付き合ってもいない関係性で言うのだから酷い話なのだが、彼女は生粋の末っ子気質だ。我儘も今に始まった事では無いし、これまでとは違って独占欲じみたものが芽生えたのならば一歩前進か。
 何より、今日はマフィンを貰って機嫌が良い。髪を絡めていた指を放す代わりに彼女の柔らかい頬を摘まむ。それを彼女は不思議そうにしていたので「買い出しに行くか」と伝えると、彼女は花を咲かせるように笑みを見せて「いつにしようか!」と近くにある携帯を引き寄せてカレンダーを開いた。

「……てっきりホワイトデー近くに行くのかと思ったのに、まさか今日作るなんて」

 素焼きされたマカダミアナッツにアーモンド、鮮やかな緑のピスタチオに真っ白なマシュマロ。それらを細かく刻む姿を横目に、湯煎にかけたボウルにある製菓用のクーベルチュール・チョコレートをかき混ぜる。

「お前は、ホワイトデーまで待てんじゃろ」

 その言動はどこか小馬鹿にしているようにも聞こえるものの、彼は本当に自分ひとりのためにお菓子を用意するつもりだ。それを手伝うよう言われた時にはそれって私が作ったものを私が食べることにならないか?と思ったりもしたけれど、元々料理は好きな方だ。こうやってカクと喋りながら作るのも、特別感があってなんだか楽しい。
 隣からざらざらと細かく切られたナッツやマシュマロが投入されるなか、熱で滑らかに溶けたチョコレートをかき混ぜてやれば ナッツの香ばしい香りとマシュマロのほのかな甘さが、チョコレートの熱でじんわりと混ざり合っていく。ゴムベラをゆっくりと回しながら、その感触を確かめるように目を細めた。

「これくらいかな……どう?いい感じじゃない?」
「ん、それぐらいでええじゃろうな。……よし、じゃあここに流してもらえるか」

 カクの言葉に頷きながら、クッキングシートを敷いた天板に向けてチョコレートの入ったボウルを慎重に傾ける。もったりとツヤのある液体が型の隅々まで広がっていくと、混ぜ込まれたナッツとマシュマロが表面に顔を出して、最後にゴムベラで軽く伸ばしてから茶色く残ったゴムベラを眺めた。

「……」
「…………舐めんのか?」
「な、舐めないですけど……」

 勿体ないと思いつつも、流石に十七歳にもなってべろべろ舐めるのははしたない。
 それをカクは「昔はあんなにべろべろ舐めとったのにな……」と一体なに目線なのかじみじみ言って、スーパーで買い込んだ飾り付け用のアラザンや、小さなプレッツェル、英語ビスケットを散りばめていく。それを見て、自分も真似るようにキャラクターの顔を表現したチペロペーロチョコレートを取り出して持ち手のプラスチックを剥がそうとすると「生首を乗せるんじゃない」と言われて口の中に突っ込まれてしまった。……ペロペーロチョコの顔たちが乗ってたら可愛いと思ったんだけどなぁ。
 口の中に広がる甘みを堪能しつつ、あとの飾りつけを任せて眺めるとナッツにマシュマロ、それからアラザンやプレッツェル、動物ビスケットなどなどでモリモリになったチョコレートに、つい笑みが零れ落ちた。

「……ふふ、豪華なチョコだねえ」
「おお、わしが作ったスペシャルなチョコレートじゃ」

 お気に召しそうか。作業を終えて、穏やかに尋ねるカクの瞳が私を見る。お前のために作ったんだぞって顔だ。なんだかそれがこそばゆくて、それを誤魔化すように「全部食べられるかな?」と言うと、彼は眉尻を下げながらくしゃりと笑って「食いきれんかったら、ジャブラたちにも配るか」と肩を竦めた。