可愛いあの子が魅了されたってよ

一番
「なぁ、オイ、どうしちゃったんだよ××ちゃん!」
駆け寄って声を掛けるものの、彼女の瞳は虚ろで遠くで伸された男を見続けている。心なしか彼女の頬は赤く、「恰好いい……」と聞いたことのない甘い声に驚きや不快感よりも背中が冷える感覚に目を見開いた。……違う。××ちゃんは倒れている男を相手にあんなことは言わない。彼女との付き合いは浅いが、これだけは間違いないと言える。一番は彼女の肩を掴んで「××ちゃん、……なぁ、××ちゃん頼むよ。俺はアンタがそうやって意志とは関係のねえ感情を植え付けられるとこなんて見たかねえんだ」懇願すると、瞬きのあと我に返った様子に、深く息を吐き出しながらその体を強く抱きしめた。


「嫌になっちゃうよねぇ……よそ見するだなんて、さ」
彼女が現を抜かす男は自分が手を下した。それなのに彼女はピクリとも動かなくなった男を見続けてうっとりとしており、独り言ちるよう呟いた趙は視界を遮るよう前に立ち彼女の身体を優しく抱きしめた。「もう終わったよ、××ちゃん。他の男を見るのはもうおしまい」優しく抱いたまま己の匂いを纏わせて、耳に近い距離で囁く。それから幾ばくも無く我に返った××を見た趙は、安堵した顔を浮かべたあと「心配かけないでよねぇ、もう少し遅かったらキスまでしちゃったかも」とおどけて見せた。

山井
「気に食わねえなぁ…………」
此方を一瞥する事も無く、他所の男を見ている。途端に腹の底が重くなり、零した言葉は無意識下であったように思う。ヒヤリと冷たいバールが彼女の首を撫で、先にある湾曲した部分で首を掴んで引き寄せる。首に食い込む無機質な先割れは、細く白い肌に痕をも残すが所有痕だと思えば悪くもない。引き寄せた彼女は己の胸元に。「……誰がお前の飼い主か、忘れちまったようだな」その声は静かに響いて、彼女の心を捉えた。

難波
「どうしちまったんだよ、…………アレが趣味だって言うのか?」
明らかに彼女の様子がおかしい。それこそ、何かに取り憑かれて魅了されているような。虚ろな瞳に頬を染める顔。フラフラと男へ向かう様子に彼女の意志は見えず、漠然とした不安感から手首を掴むと難波は静かな声で尋ねる。しかし、反してその頭は現状の究明で精いっぱい。……瞳は虚ろだが瞳孔のブレは無いし、手に震えは無い。脈拍も普通。何故だ、何がおかしいんだ。何がどうして彼女はこうなった?頭にある医療知識をもってしても答えは出ない。ならせめて病院に――そう答えをはじき出した瞬間「難波さん?」普段の声色が尋ねた。
視線を落とすと、彼女は普段と変わらぬ様子で此方を見ている。……多分、状態が正常になったのだと思う。「××ちゃん……もとに戻ったのか?」「?何がですか?」「……っ頭は?頭はいたくねえか?ああ、それからぼうっとするとか、手がしびれるとかよ」兎に角彼女のことが心配で仕方が無い。その様子に一番たちは「難波落ち着けって」と声を掛けるが、それでも安堵と不安は交互に襲い、難波は掴んだ手を離すことが出来ずに「うるせぇ!落ち着いてられるか!」と声を荒げた。