なんやかんや幼女③

 仕事を終えて幼子になってしまった幼馴染を探す。医務室に食堂に、長官室。それにわしの部屋に彼女の部屋。彼女が行きそうな場所は手あたり次第当たってみたが、まるで痕跡はなし。最後にジャブラの部屋を訪ねると、そこではチュンと鳴く鶏を追いかけまわしているアネッタの姿を見つけた。

 鶏は随分と足が速いようで、アネッタが両手を伸ばして追いかけても捕まらず、はひはひと浅く繰り返すアネッタを後ろから捕まえて持ち上げると、アネッタが「カク!」と言葉を弾ませる。目の前でちかちかっと星が弾け光るような瞳が全力で喜びを表して、思わず頬が緩んだが、彼女は不自然に汗だくだ。それも顔は真っ赤で、前髪なんて濡れており、抱き上げた体もまるで風呂上りのように熱い。

「ただいま、…どうした凄い汗じゃぞ」
「そっ、そう?た、っ、たくさん走ったからか、なぁ」

 はひはひと続く呼吸。爬虫類に属されるだけあって、普段は体温の低い彼女。此処まで体温が高いのは、体内に異常が起きているのだと思うのだが、彼女は身体が熱いだけでまだ自覚がないらしい。はひはひと言いながらも「たのしかった」と笑うので「そうか」と返してちいさな額に頭を寄せる。

 こつりと触れ合う額。どうにもおかしいと思ったが、額も焼けるように熱い。

「おお、アネッタ。お前熱があるぞ」
「え?ほんとう?」
「気付いてなかったのならまだ良いが、念のために戻るか」
「あつい?」

 アネッタがぱちぱちと瞬き、見つめる。どうやら、まだ自覚症状は出ていないらしい。

 ただ、これだけ熱いのだ。このまま彼女を遊ばせておくわけにもいかないだろう。もう一度よいせと抱きなおし「ひとまずわしの部屋に戻るかのう」と彼女に伝えた上で、そのあたりに寝転んでいたジャブラのわき腹を軽く踏んづけて「おいジャブラ、アネッタを連れてくぞ」と声を掛けると「踏むんじゃねぇよ、さっさと連れてけ」とわしを睨んだ。

「ジャブラ、またあしたあそぼ」

 抱き上げられたままのアネッタが、ジャブラに呟く。

「明日もその恰好でいるつもりかよ」
「あ、そうだった」
「ま、明日も戻ってなかったらな」
「んへへ」
「ったく、嬉しそうにしやがって」

 どうやらジャブラは幼いアネッタに弱いらしい。ああ、いや、これは以前から変わらないか。わし相手には睨んでいたというのに、アネッタ相手には強く言うわけでもなくふっと息を吐き出すように笑うと「さっさと寝て身体治せよ」と気遣いを向けるのであった。

 それから暫くが経った。汗だくだったので風呂にいれ、グアンハオに送る用の物資から拝借した衣類を着せて。そうしてわしの部屋へと連れてきた彼女をベッドに寝かせると、ブレックファスト・イン・ベッド式でチキンスープを乗せたトレイを彼女の足元に乗せてやる。足が細いので多少不安定ではあるが、それはわしが手で持って固定やるとして、彼女はスープをまじまじと見ていた。

 彼女は食いしん坊だ。それにチキンスープも好物だ。だから、てっきり喜ぶかと思ったのに、食べ盛りにチキンスープというのは物足りないのかもしれない。アネッタは露骨に口を噤んでへの字を作るので「どうした」と尋ねると、彼女は言いづらそうに、そりゃあもう言いづらそうに「おなかいっぱい……」と零した。

「おなかいっぱい?まだ食事はしておらんじゃろう」
「じゃ、ジャブラからやきいももらった……」
「ほー……まぁ、そうか、きちんと食べれておるのならかまわんが、じゃあこれはわしが食べるぞ」
「ん」

 どのみち持ってきたスープはわしが作ったものではない、食堂で作ってもらったものだ。多少の残念さはあるが、熱がある状態でもきちんと食事ができているのであれば、回復も早いだろう。彼女は申し訳なさそうな、怒られるのではないかといった表情を向けたが、此方は特段気にせずにスプーンを取って、チキンスープを食べる。

 ころころとサイコロ状に切られた人参やじゃがいも達に、一口大に切られた鶏肉。トマトを煮込んだチキンスープは多少の酸味があるが、それが食欲をそそる。そういえば、風邪や熱で寝込んだ時も、不思議とこれだけは食べられたっけ。

「……カク、ひとくち……」

 くい、と袖が引かれてアネッタを見る。アネッタの視線はスープに釘付けになっており、「うん?お腹いっぱいなんじゃろ」と聞き返すと「みてたらちょっとたべたくなった」と言うのだが、彼女は甘える気満々で、それから貰う気満々だ。小鳥のように口を開くので小さめの鶏肉と、それから野菜を掬って彼女の口に届けると開いた口が閉じてそれらをすべて掻っ攫っていった。

「どうじゃ、うまいか」
「あひ、はふっ、…っおい、ひい」
「ん、そうか。しかしお腹いっぱいになるぐらいってどれぐらいの芋を食べたんじゃ?」

 彼女の頬がリスのように膨らむ。そんなに大きいものを与えた筈じゃなかったのだが、予想よりも彼女の口は小さいらしい。ともすれば、そんな彼女がお腹いっぱいになるほどの焼き芋というのはどれぐらいなのだろう。興味本位で尋ねると、「これくらい」と言いながら手で示す。だがそのサイズは大人が食べるにも結構なサイズだ。そのため「もう一口…」と可愛らしく強請る彼女からトレイをするりと避けて「………もうスープはなしじゃ」と言いながらサイドテーブルに置くと、アネッタはそれはもう驚いたような顔を向けた。

「え?!」
「食べすぎじゃ、なんじゃこのぽんぽこの腹は!」
「キイ!レディのおなかみないで!せくはら!」
「なにがレディじゃ、こんなぽんぽこのレディがおってたまるか!!」
「しつれいだ!よのじょせいにあやまれ!!」

 喚くアネッタの腹はぽんぽこだった。幼児体型という言葉はあるが、それにしたって腹が驚くほど膨れている。そりゃああのサイズの焼き芋を食べればこうなるだろうが、それにしたって。

「……全く狸じゃあるまいし、破裂してもしらんぞ」
「はれ……?!」

 暫くわしは怒っていたと思う。なんせ彼女の腹はぽんぽこだ。全く、一人ではろくに体調管理もできんくせに、簡単に餌付けされおって。妙に腹立たしいのでそのまま食事を終えて彼女を寝かせる間も彼女のぽんぽこのお腹をむにむにと触ってやった。暫くすると「せくはらだ……うったえてやる……」と小さく聞こえた気もするが、それらを全部無視していると、いつのまにか恨み言は寝息に変わっていて、彼女はすうすうと眠り始めるのであった。