「あらら、帽子の彼はいないの」
頬を撫でる不愉快な熱気を受けながら、重厚な扉を開ける。
熱気を放つ原因である”竜の暴走熱”を発症した女に声を掛けたが意識が無いのか返答は無く、仕方なしにとベットへと足を進めるとベッド下に落ちた水銀の体温計を見下つけた。体温計は落ちた衝撃なのか、それとも熱に耐えきれなかったのか先端が割れて、水銀が漏れ出している。
「ねぇ、アネッタちゃん。おーい、生きてる?」
やっぱり返事はない。ベッドに体を倒して顔を、いや体全体を赤くしてはぁはぁと息を浅く吐き出す女・アネッタちゃんの額に触れると、念のために氷を纏わせた手のひらがジュウと音を立てて悲鳴を上げる。どうりで体温計が割れているわけだ。人間には耐えられないような熱を持つ彼女の熱を冷ますべく、辺り一帯を少しずつ凍らせていけば次第に吐いた息は白く凍って、足元にある水銀も白く凍り付いていた。
「………どれ、」
辺りを凍り付かせることで室温を下げてみたものの、これでは直接的に体温を下げる事が出来ていないのか、触れたままの額は熱いまま。一度手を離して右手は彼女の背中の下に、左手は彼女の膝裏に滑り込ませてお姫様抱っこの要領で抱き上げて冷えた革張りのソファへと移って腰を下ろすと、多少は室温が下がったからなのか、それとも単に揺れのせいか目を覚ましたらしい彼女が「んん」と薄く開いた唇から音を零す。
「……クザン、さん…?」
「よぉ、アネッタちゃん。今回も助けに来たぜ」
「ふふ、……クザンさん気持ちいい」
彼女はまだ意識が朧気なのだろう。見上げる瞳は熱で蕩けきって、すり、と氷を纏う胸元に顔をすりよせる彼女は猫のようで、それがただの熱から逃げるための本能でやっていると分かっていたとしても、年頃の女の子が無防備に近づいているのだ。多少心臓が煩くなっても致し方ないものだと思っていただきたい。
「………本当、連れて帰っちゃダメかねェ…」
腕の中ですうすうと寝息を立てる彼女を見ながら、ぐらぐらと揺れ動く心の天秤におれはため息を吐き出したが、白く凍り付いたそれはやがて誰に気付かれることもなく消えるのだった。