わしは何故、つまらない意地を張っていたのだろう。
後悔先に立たずとはまさにこのことで、パンゲア城に突如響いたアネッタの名を叫ぶ声に、わしら護衛一同の視線は声の方向を見て、目を見開く。なんせ視線の先にいたアネッタは血反吐を吐いていて、次の瞬間には耳をつんざくような絶叫を上げていたからだ。
尋常ではない痛みを訴える絶叫は、茫洋としたパンゲア城の広場に響き、世界貴族や王族たちに動揺が走る。ただ、それの殆どはアネッタに対して心配をするものではなく、飲んだ酒に毒が入っているのではないかという疑いばかりで、彼らは手にしたワイングラスを足元に落としている。
ああ、全く良いご身分なものだ。
隣に立つルッチに目配せしてから剃を用いて、血反吐を吐きながら絶叫を上げる彼女の元へと駆け寄ったが、彼女は絶叫を上げるほどの痛みで自制が出来ないのだろう。竜人族固有スキルである竜化を発動させて、岩を纏う尻尾と雄々しい翼を伸ばしていた。
見れば目元を覆う手も布手袋をしているというのに、布手袋の下から現れた岩のような鱗が布を引き裂いて、その鱗を覗かせており、それを見た参列客たちはあれは一体何なのだと驚愕に表情を歪ませている。
「──ッアネッタ!!」
声を掛けるとアネッタの肩が揺れる。ああ、よかった。まだ意識は残っているのだと、そう思ったのだが、顔をあげたアネッタの顔は殆どが鱗で覆われており、もはや竜なのか、人間なのかもわからない。
ただ、それを見た参列客たちもヒッ、と悲鳴を上げる。「化け物だ」と心無い言葉で彼女を刺していくとおり、彼女はいま、彼らからしたら化け物でしかないのだろう。先ほどまでは可愛らしいお嬢さんね。あの子もCP0なんて信じられないわ。と言っていた者も、今や化け物扱いで汚らしいとまで吐き捨てる始末。ああ、これだから何も知らない人間は。
そんな心無い言葉や軽蔑の目が向けられる中、アネッタの口から「…ご、ぇん…え」と音が落ちた。絶叫続きで喉がつぶれたのか、それは酷く掠れた音で、単語にもなりえない音だったが、それが謝罪の言葉だと分かったのは、わしと彼女が長い付き合いだからなのかもしれない。
ああ、馬鹿な女だ。
こんな時になぜ謝るのだ。
しかし、こちらが理解した瞬間。無情にもパキン、と彼女の首に嵌った金のチョーカーが割れ落ちると共に、彼女の姿は固い岩のような鱗を纏った雄々しい竜と姿を変えると、金色の瞳が我々を見下ろしながら怒気を孕ませた咆哮を上げた。
「グオオオオオオオオ!!!」
地面を揺らぐほどの咆哮が、衝撃波となってびりびりと振動を響かせる。参列客は恐怖のあまりにテーブルに並べられた食事をなぎ倒しながら逃げ惑い、混乱に陥る場に「落ち着いてください!」という誰かの声が響く。
「…アネ……」
体長はおよそ10Mほど。岩のような鱗を纏う竜は、忌々しい様子で此方を見下ろすと、鋭く伸びた爪を持つ右手を大きく振り上げ、躊躇無くわし目掛けて振り下ろす。
「ッおい、馬鹿離れろ!!」
その時、ジャブラが呆然と立ち尽くすわしの首根っこを掴んでその場から引き剥がすと、わしが立っていた場所が大きく抉れ、鋭い爪痕が残る。
ああ、彼女は本気でわしらを殺そうとしている。
「カク!!アイツはもう自我が無ぇ!!甘っちょろい考えは捨てろ!!!!」
ジャブラの怒声がいやに響く。
そんな時だった。緊迫した状況にも関わらず、場に不釣り合いのはしゃぐ声が響いたのは。
「おぉお!やはり竜人族の生き残りはいたんだえ〜!凄い迫力だえ~~!!」
声の主はチャルロス聖だ。チャルロス聖は呑気にも両手を上げて、左右にステップするように揺れながら「すごいえ~!」と笑う。やはり、という言葉を拾うに今回の首謀者はチャルロス聖で、乾杯の音頭を取ったときに言っていた面白いものと言うのはこの事を指していたのだろう。
ああ、ふざけたことを。
無意識に噛みしめた奥歯がギリ、と軋む。
首謀者が天竜人なのであれば、罪に問うことは出来ない。それどころか、何かあった場合の罪は全て権力のないアネッタが被ることになるではないか。
「チャルロス聖、一体何をしたんだ!」
怒りと焦りを滲ませたミョスガルド聖が割り込んでチャルロス聖に詰め寄る。チャルロス聖はミョスガルド聖の登場に、少しばかり鬱陶しそうな表情を浮かべて「ミョスガルド聖、まぁた邪魔にしにきたのかぁ?」と零すと息を吐く。ただ、チャルロス聖は機嫌が良かった。ぐふ、と息を漏らすようにして口角を吊り上げると、「なあに、竜殺しの秘薬を使ったまでだえ〜」と笑った。
「竜殺しの秘薬…?!何故そんなものを……!!……っ竜殺しの秘薬は、我々人間には無毒だが、竜人族にだけは毒となるからと禁忌指定がされている筈だ!!」
「心配することないえ~~、飲ませたといってもたった一滴。死ぬことはないえ~~!」
チャルロス聖の的外れな言葉が響いた瞬間、ミョスガルド聖がチャルロス聖の胸倉を掴む。顔を覆う透明な被りものに額を押し付けながら「なぜ、…なぜそんなものを飲ませた!!」と声を荒げて凄む様子は鬼気迫る様子ではあったが、しかし相手はチャルロス聖だ。彼がそんな行動で動揺するはずもなく、鬱陶し気に「ええい離すえ!」と苛立ちを露わにミョスガルド聖の体を押して引き剥がすと、ぶふんと鼻息荒く吐き出した。
「なぜもなにも、オークションで竜人族の角や抜け殻を売るバイヤーに話を聞いたら、竜人族が生きて世界政府のサイファーポールに匿われているという話を聞いたんだえ~、まぁ本当に世界政府にいるとは思わなかったからあぶり出しのために使ったが、まさか本当にいるとは驚きだえ~。」
「なんと馬鹿なことを……!」
「これで最後の竜人族はわちしのものだえ~~!!」
再び絶句に捕らわれて、ミョスガルド聖は項垂れた。
ただ、このやりとりをしている間にも竜と化したアネッタは大暴れをしているわけで、竜は機嫌悪く長い尻尾を大きく振り回し、広場に設置されたテーブルや椅子を薙ぎ払い大きく口を開く。その瞬間、キィイイイインと耳鳴りのような音が響いたかと思うと、竜の開いた口の先に眩い光――いや電気のようなものがばちばちと音を立てながら集まり、それが球状に圧縮されると竜の咆哮と共に放たれた。
「ゴオオオオオッ!」
その電撃砲は、まるでスウーっと真っ直ぐに線を引くように、通った道を抉りながら建物を打ち砕く。ぽっかりと空いた外壁は焼け焦げたように黒くなっており、威力の強さをよく物語っていた。
「グオオオオオオ!!!」
「ひい!なんだえ…っ、わちしのいうことを聞くんじゃないのかえ~?!」
まるで苛立ちをぶつけるように竜が再び咆哮を上げると、果敢な行動というべきか、それとも哀れな行動と言うべきか。チャルロス聖は少しばかり怯んだようだったが「こら!わちしの言うことを聞くだえ~~!大人しくするえ~~!!」とその場で地団駄を踏みながら声を上げる。ただ、こうして竜を苦しめたのは紛れもないチャルロス聖だ。振り向いた竜の瞳がぎろりとチャルロス聖の姿を捉えると、苛立ちを露わに低い声で唸った。
「グルルルル!!」
「ッヒイイ!!あ、あんな化け物、も、もういらないだえ~!CP0!あいつを、あいつを殺すえ~!!」
「それは許さん!!」
「なんだえ~~ミョスガルド聖、ま、まぁたお前かぁ…ッ!」
「CP0、彼女を殺してはならん!」
奇妙な二人の言い争いは続く。しかしミョスガルド聖の命により、漸く我々にも勝機のようなものが見えてきたように思う。ルッチは表情一つ崩すことなく静かに「…………、ミョスガルド聖、承知しました。」と言葉を返すと、隣に立つブルーノに「お二人を安全なところに」と指示を続けた。
そうしてブルーノがドアドアの実の能力を使って、天竜人の二人を安全なところまで移動させると、ルッチは子電電虫を手に取った。恐らく相手先は五老星だろう。相手が出たことを確認したルッチは長いこと状況を伝えていたようだったが、かえってきた五老星の言葉は「殺すしかあるまい」という冷々たるもので、ルッチの瞳が僅かにだが薄く開かれる。
「…彼女は最後の竜人族。その血を絶やさぬようにと築き上げてきたものを手放すのですか。」
「仕方あるまい。…まぁ、幸いなことに表では竜人族は滅んでおる種族じゃ。緘口令さえ敷けば、いま殺したところで気付く者はおらぬ」
「しかし、ミョスガルド聖は殺すなと」
「このまま自由にさせて王族や世界貴族にもしものことがあったらどうするのだ。仮に天竜人に被害があってみろ、ミョスガルド聖一人で背負える問題ではなくなるのだぞ」
五老星はもう、殺すことを決断したようで此方の言葉に対しても首を縦に振ろうとはしない。
その時、ルッチの視線と共に子電伝虫が向けられる。わしはすかさず「待ってください、わしからも良いでしょうか」と零すと、五老星が呆れと怒りを滲ませながら「あぁ、…また君か。君は下がっていなさい、いまこの事態がわからないのかね!」と声を荒げる。だが、彼女を殺すという決断をされて黙っていられる筈がないのだ。
「…わしの目の前で起きた事です、よくわかっとります。……だからこそ、少しだけ時間を頂きたい」
「何を馬鹿なことを……」
「…また随分と面白いことを言うが、失敗した時はどうする?」
「わしらCP0に失敗の言葉はありません」
「御託はいい、失敗した時はどうするのだと聞いている」
「――…わしの手で、アネッタを殺します」
「……期待しておる」
子電伝虫が目を瞑り対話が終了すると、ルッチに子電伝虫を返しながら「ルッチ、時間は。」と問いかける。ルッチは視線を竜に向けて、答えを返さなかったが、暫くの間を置くと「………10分だ。それ以上伸びた場合には、殺すしかない」そう零した。
「…あぁ。それだけあれば充分じゃわい。」
深呼吸。
深呼吸。
この十分間で竜を――アネッタを止めなければならない。
わしはコートの間を開いて隠し持っていた刀を取り出せば、鞘を地に落として、上空を飛ぶ竜に向かって叫んだ。
「アネッタ、まさかこうした形でまた手合わせをすることになるとは思わんかったが、…0勝3864敗のお前が、わしに勝てると思っとるのか!」
「グオオオオオオオオオオオ!!」
いま、わしらの十分間が始まる。
「ッ嵐脚!」
あの巨体ならば的としては当たりやすい筈だ。
手始めに両足で嵐脚をお見舞いすれば、竜の巨体がその場でぐるりと体を捻ってその体を一瞬にして小柄なアネッタの姿に戻す。それにより嵐脚は呆気なくかわされてしまい、それどころか、それを嘲笑うように上空から嵐脚が何発も降り注ぎ、地面を抉って深い跡を残していく。
あぁ、自分が教えた嵐脚・乱がこんなところで使われることになろうとは。
すでに天竜人や王族、護衛たちは退避させているため余計な心配をする必要はないとはいえ、これ以上パンゲア城を破壊させて罪を重ねさせるわけにもいかない。
刀で嵐脚を防ぐ間にも翼を大きく動かして距離を詰めた彼女が、わしの腹部目掛けて固い岩のような鱗を纏った拳を叩き込もうとしたが、それを鉄塊で受け止めるとズシンと響くような重みが体に響く。なんて重さだ。自由に竜化できるとなるとこうも能力が飛躍するのか。
アネッタは鉄塊された事に対して眉間に皺を寄せたが、鉄塊で攻撃が通らないと分かるや否やわしの服を掴むと、そのまま右足を軸足にして地に沈めながら体を捻って回転して、そのままハンマー投げよろしく上空へと力任せに投げ飛ばす。
「ぬお…ッ?!」
投げ飛ばされ、上空でわしの体が無防備になることを良いことに、アネッタはずるりと伸びた尻尾を振るい、一際大きな嵐脚を放つ。
「ッ嵐脚――白雷!」
大きな斬撃がわしに迫り、それを同じように嵐脚の一種で迎え撃ったがなんせ空中だ。斬撃がぶつかり合って相殺した直後、すぐに竜の体へと姿を変えて体に突っ込んできたアネッタを迎え撃つことは出来ずに、寸前で構えた刀が弾かれてしまう。
「う、ぐ……っ!」
彼女の猛攻は止まらない。
刀を弾いたことで出来た隙を見逃すことなく、その場で大きく体を捻ると鞭のようにしならせた尻尾がわしの体をとらえて地面へと叩きつけたのだ。
「ぐ……ッぅ!!」
なんという馬鹿力だ。受け身を取る間も無く地面に叩きつけられ、一瞬息が詰まると同時に背中全体に痛みが走る。しかし彼女からすれば、一匹仕留める絶交のチャンスでしかないのだろう。また鋭い牙をむき出しに此方目掛けて突進を図ったが、当然わしもたった一撃でやられるわけにはいかない。
結果、地面を抉るだけで何も捕えることのできなかった竜は剃で緊急回避を行って、遠くに立つわしを見て怒りを滲ませながら尻尾を大きく地面に叩きつける。
それがまた、機嫌の悪い時にしたんしたんと尻尾を地面に叩きつける彼女とそっくりの行動で、ああ、やっぱりあの暴君竜は彼女なのか、と乾いた笑いが落ちてしまった。
「あぁ、もう見てらんねぇなァ!カク!おれも戦わせろ!」
一体いつの間に距離を詰めたのか、わしの背後で狼がどこか辛抱たまらん様子で呟く。
「カク、残り時間まで僅かだ。……さっさと片づけるぞ。」
「よよォい、一人で戦うよかァ…!いいんじゃあ、ねえーかー?」
「アネッタもこれ以上暴れたくないでしょうしね。早く止めてあげましょう。」
「チャパパー、おれがおびき寄せるからジャブラと、ブルック、カクは攻撃にまわるとよいぞー」
彼らの言葉に、ちらりとルッチに視線を向けると彼は立場上参戦する事は無いようだが、視線を竜へと向けて、一度だけ長い足を鞭のようにしならせて嵐脚で構ってやれば「残り5分だ」と短く言葉を落とした。
ああ、そうじゃった。わしがアネッタと幼馴染であるように、彼らもまたアネッタを幼い頃から見てきた腐れ縁。そして、そんなわしらをアネッタはいつも劣等生と言われながらずっと見てきていたのだ。どんなに馬鹿にされても、純粋に、わしらにしがみつくために頭を下げて、時には土下座をしてでも教えてほしいと言ってきた。
そうして力を身に着けてきた彼女がわしらに向かってきている。
それを簡単に、わし一人の手で止められるなんて思うのはおこがましかったのだ。
ならば、彼女が見てきた全員で止めるべきだ。
「……すまん、頼む」
「…!ああ、……まずはおれが相手だ!梟叩き…!!」
言葉通りに先陣切って飛び出したフクロウが月歩で空を飛ぶ竜まで距離を詰める。
そうして竜を囲うように体を無数に分身させたフクロウは、分身した全員の体で竜に向かって殴りかかったのだが、外皮というべきか鱗が存外固いらしい。フクロウの拳がいくら叩き込まれても竜がよろめく事はなく、どこか鬱陶しそうに鋭い爪を持つ手がフクロウを振り払う。
こうして先陣切れるのも、避けることに長けているフクロウの技術があってこそ。ここで獣厳や鉄塊玉といった攻撃技を使用しないのも、先でフクロウが自ら言ったように誘き出すことを目的としているからだろう。
狙い通りに意識がフクロウに向いた瞬間、ブルーノがきつく竜を睨みつけながら剃と月歩を併用して飛び上がる。その勢いと鉄塊を組み合わせて「…鉄塊・砕!」と腕を竜の背に叩きつければ、流石に鉄塊を纏った拳は重かったのか「グウッ」という短い音と共に、その体が空中でぐらりと体勢が崩れた。
「鉄塊を纏えば多少効果があるようだな。」
「あぁ、そのよう、…っじゃ!鼻銃!!」
体勢を崩した竜を見て、わしは姿をキリンに変えて月歩で飛び上がりながら首を大きく後ろに伸ばした後、勢い強く鼻で竜の喉元を突撃すれば、比較的他と比べて鱗が薄いのか手ごたえは大きく、竜は大きく後ろにのけ反ったが、まだその体が地に落ちることはない。
わしは一度地に足をつけるために重力に逆らうことなく落ちるも、猛攻を切らさぬよう入れ替わりで「羊雲 大津波!」「狼狩エリア・ネットワーク!!」とカリファとジャブラの言葉が続き、大波の如く大量に放たれた泡がわしの間をすり抜けて、竜を包み込目くらましを図り、その間にジャブラの狼狩ネットワークが一気に距離を詰めて腹を叩き、竜が「グウ…グウウ!!!」と猛攻続きに耐え切れずに大きく呻いた。
「グウ……ッ……ウウウウ…」
竜は大きく翼を打ち鳴らす。ただ、猛攻の連続に上手く体勢が整えられないのか、その体は右に左にと揺れ不安定な様子で、此方に向けて攻撃すらできなくなっている。わしは絶好の機会だとその場で片手を軸にして体を大きく回転し、遠心力を生かして円形となった嵐脚を繰り出した。
「んん…これで終いじゃあ!!嵐脚・周断!」
円形となった嵐脚は真っ直ぐに上空へと跳んで、ぶらんと垂れ下がった尻尾の根本を断ち切れば、急な重さの変動によって大きく体勢を崩した竜の体が地面に叩きつけられ、大きく粉塵が舞い上がる。
「今よ!」
「ヨヨォイ!」
それを待ち構えていたとばかりにカリファの泡が両翼を包んで、羽ばたけぬよう無効化し、クマドリの長い髪が竜の脚を絡めとってきつく縛りつけると、「ヨヨォイ、これ以上好きにさせちゃあ、いーけーねーェーなー!」と威勢の良い声が響いた。
最後の残り時間はあと僅か。迷っている暇はない。
わしは身体を倒した竜の顔まで移動すれば、竜の金色の瞳がぎろりと此方を睨んで、低く唸り声を上げる。そして此方をかみ殺さん勢いで大きく口を開いて牙を向けたが、むしろ好都合だ。先ほどの攻撃で分かった喉元の柔らかさをもう一度確かめるよう、開いた口内から内顎目掛けて刀を差せば、それが竜の頭を起こさぬよう磔の一手となり、さらに刀がつっかえ棒の役割となって竜はいよいよ口を閉じることも出来なくなってしまった。
わしはポケットに手を突っ込んで、竜のお香の一件で少しばかりくすねて未提出だった袋を取り出して、乾燥して少しばかり固まってしまったお香の塊を喉奥へと放り込む。竜は喉奥を突いたそれに「グウ………ッ?!!」っと目を白黒とさせたが、泥酔効果を与える【竜のお香】の効果が早速出てくれたのか、暫くは身体が竜のお香を拒むよう手足を激しくじたばたと暴れていたが、クマドリが耐え忍んでくれたおかげで逃げ出すこともなく、やがてぱたりと動かなくなった。
「………なんだ、落ち着いたのか?」
ジャブラの訝し気な声が遠くで聞こえる。
「…落ち着いたか」
わしは言葉も話せぬ竜に話しかけながら手を伸ばす。触れた鱗は固く、鱗に覆われた目元を撫でてやれば金色の瞳が僅かにだが心地よさそうに細くなり、「グウ…」と先ほどよりも高い声が落ちる。
そこで漸く、ああ、間に合ったと実感が広がる。
「………アネッタ、もうおぬしのお遊びは終わりじゃ。…ちと、羽目を外しすぎたのう」
「グル……グウ…………」
「……いい子じゃ。……アネッタ、帰ろう」
竜は何のいらえも返さなかった。金色の瞳は眠るようにゆっくりと瞼が閉じて、体を人の子へと戻しながらわしの胸元に落ちてゆく。そうしてようやく、この騒ぎは終わりを迎えた。
ただ、無情にもアネッタはそのまま目を覚ますことなく、季節は巡り、息が白く凍り付く冬になった。